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風景を愛でる 日下部一司 美濃加茂市民ミュージアム(岐阜県)で1月28日-2月26日

日下部一司

 岐阜県美濃加茂市の美濃加茂市民ミュージアムで2023年1月28日~2月26日、「風景を愛でる 日下部一司」が開催されている。同ミュージアムの現代美術レジデンスプログラムの一環である。観覧無料。

 日下部一司さんは1953年、岐阜県郡上市生まれ。1976年に大阪芸術大学芸術学部美術学科版画専攻卒業。同大学芸術学部美術学科教授を務め、奈良を拠点に制作している。名古屋では、継続的に作品を発表してきたウエストベスギャラリーコヅカで2021年に個展を開いている

 近年は、自分で撮影した風景写真を単なるイメージではなく、1つのオブジェのように作り込んだ作品を展開している。1つ1つの写真は、縦横4〜7センチほどの小さなサイズである。

日下部一司

 2022年8月に美濃加茂市民ミュージアムを訪れ、アトリエ棟に宿泊滞在しながら美濃加茂市内を歩いて撮影した。この歩いて撮影するという身体感覚が重要である。今回は、そのときの20点を含む106点を展示している。

 すべての作品が、オリジナルの縦38センチ、横28センチの額に入っている。

風景を愛でる 2023年 美濃加茂

 日下部さんは、町中や里山などの何気ない風景に目を留める。歩いて、引き寄せられた風景を切り取り、撮影する。

日下部一司

 筆者は、広い視野の中で美しい風景を捉えるというよりは、むしろ、小さな空間の質として、その中の「絵」、つまりは形や線、物の重なり、前後関係や空間の叙情などに惹かれて撮影しているとみている。

 タイトルにある「愛でる」というのは、単に美しい風景を撮影することではなく、心動かされ、味わい、慈しみ、大切にすることである。

 そのため、彼は歩く。歩くことで足裏で大地を感じ、その土地の空気を吸い込み、降り注ぐ光を感じ、「今、ここ」の瞬間を感じながら風景の「絵」に導かれる。邂逅といっていい、偶然の出会いである。

日下部一司

 日下部さんは、そうした場所をフィルムカメラで白黒写真として撮影し、バライタ紙にプリントする。デジカメと違い、プリントすることで初めて出会ったときの感覚に近づけられるかどうかが決まってくる。

 セピア色の古い写真のように彩色し、自作の鉄製フレームに収める。それは、広がりのあるlandscapeではなく、風景のかけらと言ってもいい、ひとまとまりの大切なsightである。

 あえて経年劣化したようなセピア色は、油絵具による写真の調色技法を使っている。

 主に大正時代に使われていた日本独自のピグメント印画法で、写真の表面をこすることから「雑巾がけ」と呼ばれている。制作過程の中で、簡潔性、幾何学性や、物と物、空間と物、光と影、空間の質、叙情性などが深められ、絵画性が意識される。

日下部一司

 郷愁をさそう小さな写真は、インターネット空間にあふれるデータとは真逆の、宝石のような写真である。

 その意味では、絵画主義の系譜にあるが、それは、かつての写真家たちが写真に芸術的な位置付けを与えようと、そうしたのとは少し異なる気がする。

 現在では、スマホで数えきれないほどの写真を撮影でき、クラウドでのデータ保存や、SNSでの発信も簡単である。一方、日下部さんの写真は、それとは対極的な物としての写真であって、そこには「体温」がある。

日下部一司

 デジタル写真が存在しない昭和の時代までは、プリントされるのを楽しみに写真店で現像してもらい、アルバムの台紙に1枚1枚、物としての写真を貼った。そんないとおしさと体温が日下部さんの作品にもある。

 アルバムの中の1つの写真に、通り過ぎてしまった記憶、感慨の深度、時間の堆積、その空間を訪れたという事実の重み、生きた痕跡、存在のつながりがあったように。

 日下部さんの作品は、そうした感性を共有する鑑賞者にしみいり、その内側で響き、記憶と共振する。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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