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鈴木孝幸 地図を見るアルバトロス ギャラリーハム(名古屋)で4月1-29日

Gallery HAM(名古屋) 2023年4月1〜29日

鈴木孝幸

 鈴木孝幸さんは1982年、愛知県蓬莱町(現・新城市)生まれ。2007年に筑波大芸術研究科修士課程総合造形分野を修了した。

 名古屋のGallery HAMでの個展を中心に精力的に作品を発表している。また、継続している新城市の旧・門谷小学校での現代美術のグループ展も見応えがある。

 2022年夏、愛知・豊川市桜ヶ丘ミュージアムで開催された企画展「鈴木 と 鈴木 ほる と ほる」については、こちら2021年のGallery HAMでの個展2022年のGallery HAMでの個展2021年の名古屋市美術館での「現代美術のポジション 2021-2022」の各レビューも参照。

 地元の新城市をはじめ、各地の山や川、海岸などを実際に歩き、そのときの感覚や認知情報、採集物を基に作品を構想し、平面、立体、インスタレーション、映像を制作するアーティストである。最近では、海溝など、地球規模の構造への想像力によって壮大な展開を見せている。

 素材は、鉄、コンクリート、そして現地から運び込んだ石や樹木、水や、漂流物など。現地でのランドスケープ、感覚、身体性や、地学的なイマジネーションによって、それらの素材を構築する。

 作品は、単に地勢を素材に置き換えたものではない。視覚性を超えた身体感覚や想像力、洞察力によって、従来の解釈を相対化するような新たな視点を与えてくれる。

鈴木孝幸

地図を見るアルバトロス – place/bird - 2023年

 「境界線」をテーマとした前回の個展の延長線にある展示である。前回は、山間部の斜面に張られるコンクリートの法面、海洋プレートがぶつかりあう海溝などが「境界」として取り上げられた。

 なぜ、鈴木さんが「境界」をテーマにするかと言えば、境界には、こちらとあちらという異なる空間、複数の視線が交差する場があるからである。人間が見ているものとは違う空間、複数の異なる視線や「世界」を作品に内在させるのが、鈴木さんの狙いである。

 前回、インスタレーション作品に使われた鉄筋のワイヤーメッシュは、今回も重要な素材となっている。前回は、山間地の落石防護網のように、ワイヤーメッシュを壁状に構築し、画廊空間に「境界」を出現させたが、今回は、それを広い視野で見渡したような展示である。

 ワイヤーメッシュが画廊の展示空間を囲むように、ぐるりと壁に設置されている。それは、鑑賞者に画廊空間の中で「境界」を意識させる試みでもある。

 ある領域と、別の領域が接する「境界」は常に両義的で、視線の交差を意識させる。ネットが張られる山の斜面は、森と獣の世界である山と、道路など人間の生活空間が接する境界であり、森からの視線と人間側からの視線が交差する場である。

鈴木孝幸

 個展のタイトルに使われているアルバトロス(アホウドリ)は、現在、世界で伊豆諸島の鳥島、尖閣諸島のみが主な繁殖地で、夏には、繁殖地を離れて北上。北太平洋のベーリング海やアリューシャン列島、アラスカ沿岸まで移動する。

 あたかも地図を見ているかのように行われる太平洋上の大移動は、前回の個展で取り上げられたニホンウナギと同様である。ニホンウナギも、日本の河川、近海に生息しながら、産卵するために、マリアナ諸島西方海域(マリアナ海溝の北側)まで移動する。 

 アホウドリも、ニホンウナギも、全体の位置関係を分からずとも、生命活動にとって欠かせない遥か遠い場所まで移動する。私たち人間の視線とは異なる空間把握、世界認識によって地球規模の膨大な距離を移動していることになる。

 つまり、アホウドリやニホンウナギには、私たち人間には見えていない「ルート」が見えているのではないか。

 例えば、地震や火山活動などによる災害に対して、人間は、その場のことは分かっても、全体的なことは見えず、科学と知識に頼っている。それとは対照的に、ニホンウナギもアホウドリも、地球の構造を本能的、俯瞰的に見ているのではないか、と。

 鈴木さんが壁に設置した鉄筋ワイヤーメッシュは、境界を意識させることで、向こう側の空間や、そこからの視線、人間が認知できないルートを暗示しているのである。

 こうした鈴木さんの問題意識は小品でも同じである。

鈴木孝幸

 筆者が特に興味をもったのは、1つの彫刻の中に複数の異なる世界をもっているような作品である。2枚の鉄板がつながれ、間に何本もの鉄棒が刺さっている。それぞれの鉄板の上にはコンクリートが付着している。一見、不恰好な作品に見えるかもしれない。

 コンクリートは、フラットに置いた鉄板の上に液状のものを流し込む。固まった後に、天地を入れ替えて、もう1つの鉄板に、やはり液状のコンクリートを載せる。つまり、1つの彫刻が、2つの重力、言い換えると、2つの異なる方向、2つの世界を内在している。

 1997年、日米の戦後美術の展開を「重力」から見直した「重力—戦後美術の座標軸」展が国立国際美術館で開催された。複数の重力の方向をもつ鈴木さんの作品も、こうした観点から分析できるだろう。

鈴木孝幸

 別の作品では、鉄板を海溝のような裂け目で切断し、マグマの動きを反映するように上下をずらしている。鉄板は海洋プレートのメタファーである。ランダムに刺された鉄棒が複雑な動き、力の方向を表している。

 地震とも関係するプレートの沈み込みのメカニズムは、見えない地球内部で起きている。不可視の大地の裂け目、地球の奥で起きている動きである。

鈴木孝幸

 瓶の中に入れた実物の根にコンクリートを付着させた作品は、土をしっかりつかんで保持する根の力を暗示する。土砂の流出による災害は、こうした木々の根の力によって防がれている。これも、見えないところで働いている力である。

 不可視の大地の中で起きていること、私たちが忘れている地勢や地球の構造、境界、そこにある複数の異なる力の方向や視点への気づきを提供してくれる作品群である。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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