ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント 名古屋市美術館 2月23日-4月10日

目次

ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント

 フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890年)の作品を中心にオランダのクレラー=ミュラー美術館などの作品を紹介する 「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」が2022年2月23日~4月10日、名古屋市美術館で催されている。

 チケットは、展示室内の混雑を避けるため日時指定制となる。発売は2022年1月24日(月)10:00から。 

 クレラー=ミュラー美術館とともに、ファン・ゴッホ美術館からも出品。ファン・ゴッホの油彩画、素描、版画、計52点が一堂に集まる。

 ファン・ゴッホの世界最大の個人収集家となり、 1938年にクレラー=ミュラー美術館を開館したヘレーネ・クレラー=ミュラー(1869-1939年)にも焦点を当てる。

 ヘレーネは、ファン・ゴッホがまだ評価の途上にあった1908年からの約20年間で、実業家の夫アントンとともに90点以上の油彩画と約180点の素描・版画を収集した。

 ファン・ゴッホの芸術に深い精神性を見出したヘレーネは、その感動を多くの人々と分かち合いたいと、生涯にわたって、美術館設立に情熱を注いだ。

 本展では、クレラー=ミュラー美術館から、ファン・ゴッホの絵画28点と素描・版画20点を展示。

 新印象派の影響を色濃く見せるパリ時代の《レストランの内部》、黄と紫の対照がまばゆいアルル時代の《種まく人》、糸杉を描いたサン=レミ時代の傑作《夜のプロヴァンスの田舎道》などで、画業をたどる。

 ミレー、ルノワール、スーラ、ルドンモンドリアンなどの絵画20点も加え、近代絵画の展開をも振り返る。

 ファン・ゴッホ美術館からも、《黄色い家(通り)》を含む4点が出品される。

開催概要

会  期:2022年2月23日(水・祝)~ 4月10日(日)
休 館 日 :3月7日(月)、3月28日(月)
開館時間:午前9時30分~午後5時、金曜日は午後8時まで(いずれも入場は閉館30分前まで)
観 覧 料:平 日 / 一般1,900円、高大生1,300円 土日祝 / 一般2,000円、高大生1,400円

※障害のある人、難病患者の人は、手帳または受給者証(ミライロID可)を提示すると、本人と付添者2人まで、それぞれの料金の半額で見られる。
中学生以下は無料(日時指定予約不要)
※高大生チケットあるいは障害者チケットを購入された人は、当日、美術館の受け付けで学生証、障害者手帳などの提示が必要。
3月22日(火)から4月4日(月)までの平日(3月28日[月]を除く)は、高校生は無料(日時指定予約不要・要学生証)

チケット(前売り・当日)

日時指定の前売りチケットがおすすめ

 当日券は、各日時の予約数に残部がある場合のみ、名古屋市美術館入口で販売される。支払いは現金のみで、 入場が可能な時間枠順に販売する。時間枠は選べない。

 当日券の販売がない場合や、売り切れの場合もあるので注意が必要。主催者は、日時指定の前売りチケットを購入するようすすめている。当日券の販売状況は会期中、公式サイトで告知される。

 筆者が初日2月23日(祝)の午後3時半すぎに訪れたときは、当日券でスムーズに入館できた。

 土日祝の開館すぐや、午後の早い時間、会期末が近づいた頃は、前売り券のほうが安心だと思われる。

入場可能時間枠

①9:30-10:20②10:30-11:20③11:30-12:20④12:30-13:20⑤13:30-14:20⑥14:30-15:20⑦15:30-16:20⑧16:30-17:20⑨17:30-18:20⑩18:30-19:20
※⑧~⑩は金曜日のみ。各時間枠内であればいつでも入場できる

チケット販売期間

☆第1期(2022年2月23日[水・祝]~3月20日[日]入場分 Lコード45566)発売日 1月24日(月)10:00~

☆第2期(2022年3月21日[月・祝]~4月10日[日]入場分 Lコード45577)発売日 2月23日(水・祝)10:00~

購入方法

①オンライン[Boo-Woo(ブーウー)チケット]

 Boo-Wooチケットで会員登録(無料)をし、希望日時のチケットを予約・購入。その後、ローソンかミニストップでチケットを発券する。

②コンビニ[ローソンまたはミニストップ]

 ローソンまたはミニストップにあるLoppi(ロッピー)端末で希望日時のチケットを購入する。

みどころ(公式サイトから)

〈糸杉〉の傑作、16年ぶりの来日!

 ファン・ゴッホがサン=レミで本格的に取り組み始めた糸杉。まばゆい色彩の中で異彩を放つ糸杉の濃い緑の色調に心を奪われながらも、弟テオに宛てた手紙では、それを表現する難しさが吐露されている。そのプロヴァンスの集大成ともいえる作品が16年ぶりに来日する。

ゴッホを「ゴッホ」たらしめた立役者の一人 ヘレーネ・クレラー=ミュラー

 ヘレーネは早くから美術館の設立を考えたため、質の高い作品を選び、初期から晩年までの画業がたどれるよう体系的に収集した。本展では、ファン・ゴッホの作品を世に広め、評価が確立される土壌を育んだヘレーネ・コレクションを堪能できる。

《黄色い家(通り)》も! ゴッホ作品52点を紹介!

 ヘレーネのコレクションに加え、ファン・ゴッホの没後、弟テオ、その妻ヨー、息子フィンセント・ウィレムへと引き継がれたファン・ゴッホ家のコレクションから、《黄色い家(通り)》を含む4点の絵画も特別出品される。

内容は? 評判は?口コミは?

 充実している展覧会である。

 1990年代から2000年代はじめにかけ、中日新聞の美術記者だった筆者は、1990年代に、クレラー=ミュラー美術館(写真上)、ゴッホ美術館(写真下)など、オランダの美術館を駆け足で取材したことがある。

 オランダには、ほかにも、アムステルダム国立美術館やマウリッツハイス美術館など、優れた美術館がいくつもあるが、今回のゴッホ展は、クレラー=ミュラー美術館の所蔵作品を軸にゴッホ美術館の作品を加えた好企画といえる。

 展覧会では、最初に、ヘレーネ・クレラー=ミュラー(1869-1939年)が紹介された後、1881年から1885年にかけてのゴッホの初期油彩画8点が並び、引き込まれる。

 続いて、ゴッホの素描や版画がずらりと並ぶが、これらも、とても訴求力のある作品である。

 その後は、いったん、ゴッホを離れて、クレラー=ミュラー美術館の別の画家の作品(ミレー、ファンタン・ラトゥール、ルノワール、ピサロ、スーラ、シニャック、ルドン、ブラック、モンドリアンなど)の作品が展示されている。

 続いて、再びゴッホに戻り、ファン・ゴッホ美術館の作品を紹介。その中に、「黄色い家(通り)」(1888年)がある。

 さらに、クレラー=ミュラー美術館所蔵のゴッホの油彩画が展開。パリ時代、アルル時代、サンレミ時代と、見どころが続く。

 最後に、南仏滞在の集大成ともいえる「夜のプロヴァンスの田舎道」(1890年)で大団円を迎える。

 1点1点を堪能するには、ほどよい規模の展覧会である

混雑状況・所要時間

 筆者は、初日2月23日(祝)の午後3時半すぎに訪れ、当日券で入館した。会場内は結構混雑していたが、次第にすいていく時間帯だったこともあり、1時間強でじっくり鑑賞できた。

 土日祝の混んでいる時間帯なら、最低1時間半をみておいたほうがいいだろう。カタログ、グッズを購入予定の人は、買い物時間を含め、2時間をみておくのが賢明(前売り券および当日券ですぐに入館できる場合)。

カタログ、グッズ

 カタログ、グッズの特設販売コーナーは、展覧会場出口を過ぎた場所につくられている。

 今回は、コラボ商品を含め、グッズが充実していることもあって、販売エリアを拡充している。

 それでも、名古屋市美術館の企画展出口付近(2階)はあまり広くなく、相当な混雑であった。

 商品の陳列エリアの先に、支払いカウンターを開設。計7カ所のレジがある。

カタログ

 カタログは2,400円(税込)。A4変形、全244ページ。展示されている全72作品の図版と詳細な解説を収録。主要作品は、全図に加えて詳細な拡大図も掲載している。

 世界最大のファン・ゴッホ作品の個人収集家となったヘレーネ・クレラー=ミュラーにもスポットを当て、エッセイや当時の写真資料、略年譜などでへレーネの足跡をたどっている。

グッズ

 オリジナルグッズが数多く用意されている。

 その1つが、サンリオの大人気キャラクター「シナモロール」とのコラボ商品。ゴッホに扮したシナモロールのキーホルダーや香り付きラバーストラップ、ぬいぐるみなどのオリジナルアイテムが販売される。

 このほか、「青山デカーボ」が監修したお洒落な低糖質スイーツ「ゴッホ缶」、人気イラストレーター、ニシクボサユリさんとのコラボによるパーカーや軍手、Tシャツ、あるいは、トートバッグ専門ブランド「ルートート」によるゴッホ展オリジナル・バッグもある。

 オーガニックタオルブランド「ヒポポタマス」のタオルハンカチ、「シェ・シバタ」のお菓子、「Green Flash」による文房具やポーチ、「京東都」の刺繍キーホルダーやハンカチなど、多彩なグッズが並んでいる。

音声ガイド

 貸出料金は、1台600円(税込み)。俳優の鈴木拡樹さんによる音声ガイドになっている。

作品解説会

日 時:3月13日(日)、19日(土)、26日(土)14:00~ (開場13:30・約60分)
会 場:名古屋市美術館2階講堂
参加費:無料

 森本陽香さん(名古屋市美術館学芸員)[3月13日、26日]と深谷克典さん(名古屋市美術館参与)[3月19日]が、ファン・ゴッホの人生や出品作品について詳しく解説する。

 手話通訳・要約筆記などによるサポートを希望する場合は、当日の2週間前までに名古屋市美術館(TEL 052-212-0001 FAX 052-212-0005)に相談する。

巡回

東京都美術館

2021年9月18日(土)~12月12日(日)

福岡市美術館

2021年12月23日(木)~2022年2月13日(日)

名古屋市美術館

2022年2月23日(水・祝)~4月10日(日)

展示構成

芸術に魅せられて:ヘレーネ・クレラー=ミュラー、収集家、クレラー=ミュラー美術館の創立者

 ヘレーネ・クレラー=ミュラーは、1907年から近代絵画の収集を始め、夫アントンの支えの下、1万1,000点を超える作品を手に入れた。

 ファン・ゴッホの作品に精神性や人間性を感じ取り、多くの作品を購入。世界最大のファン・ゴッホ作品の収集家となり、1938年にクレラー=ミュラー美術館を開館。初代館長に就任した。長年の夢を実現した翌年、ヘレーネは70歳で、この世を去った。

ファン・ゴッホを収集する

 ヘレーネ・クレラ―=ミュラーは積極的にファン・ゴッホの作品を集めた世界最大の収集家。そのコレクションは、ファン・ゴッホの画業をほぼ網羅している。

画家ファン・ゴッホ、オランダ時代

 1883年12月に移り住んだニューネンでは、本格的に油彩画に着手。バルビゾン派やハーグ派の画家に倣って、暗い色調を用いて制作した。

素描家ファン・ゴッホ、オランダ時代

 ファン・ゴッホが画家となる決意をしたのは1880年8月 。画家になるため、まずジャン=フランソワ・ミレーなどの版画作品や教本の素描見本の模写を始めた。

 人物画家を目指し、1881年4月にエッテンに移ると、農作業や手仕事をする人物を描き始めた。

 同年12月から暮らしたハーグでは、都市風景のほか、生活を共にしたシーン・ホールニクや近くの療養院の男女をモデルに人物素描に注力した。

ヘレーネの愛した芸術家たち:写実主義からキュビスムまで

 ヘレーネ・クレラー=ミュラーは自らの楽しみのためだけにコレクションを築いたのではなかった。早くから、その公開と後世への継承を意識し、西欧美術の流れに目を配りながら作品を収集した。

ファン・ゴッホ美術館のファン・ゴッホ家コレクション:オランダにあるもう一つの素晴らしいコレクション

 ヘレーネがコレクションを築いた当時も、今日も、ファン・ゴッホ家のコレクションが圧倒的に世界最大である。

 ファン・ゴッホの没後、生前に販売あるいは譲渡された一部の作品を除き、数多くの作品は弟テオが相続。

 テオの没後は、その妻ヨーと息子フィンセント・ウィレムが継承した。

 200点超の油彩画、約500点の素描、膨大な手紙、ほかの芸術家の作品群を含むコレクションは、1973年にアムステルダムに開館したファン・ゴッホ美術館に永久貸与されている。

画家ファン・ゴッホ、フランス時代

パリ》

 1886年2月28日頃、パリに到着。画商として働く弟テオと暮らし始めた。若い前衛芸術家たちと付き合うようになり、印象派や新印象派の作品、浮世絵版画、アドルフ・モンティセリの絵画などと出会った。

 自分の描き方が時代遅れであると気づき、新しい表現を試みて約2年で刷新。独自の様式を発展させ、仲間内で前衛画家として認められるようになった。

アルル

 自信を深めたファン・ゴッホは南仏に赴き、1888年2月20日、アルルに居を定めた。

 卓越した色彩画家でありたいと、南仏の明るい空の青と、燃えるように鮮やかな太陽の色彩である黄色の組み合わせに熱心に取り組んだ。

 10月には、ポール・ゴーガンが合流。影響を与え合いながら制作した。だが、2人の関係はこじれ、共同生活は2カ月で終わりを迎えた。

サン=レミとオーヴェール=シュル=オワーズ

 1888年12月、最初の病気の発作に襲われた後、さらなる治療が必要と判断。1889年5月にアルルを離れる決意をし、サン=レミ郊外にある療養院に自ら入院した。

 体調が許せば、花が咲き誇る療養院の庭や周囲の田園風景を前に制作。色調はアルルの頃より抑えられ、糸杉やオリーヴ園などプロヴァンスの典型的なモチーフに取り組んだ。

 1890年5月16日、療養院を後にし、北仏のオーヴェール=シュル=オワーズに移り住んだ。サン=レミ時代よりも強い色彩、より自由な筆遣いを選んだ。

 7月27日に自らを撃ち、2日後、弟テオに看取られながら、この世を去った。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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