植松ゆりか展 L gallery(名古屋)で8月29日まで

L gallery(名古屋) 2021年8月14〜29日

植松ゆりか

 植松ゆりかさんは1989年、静岡県富士市生まれ。​2011年、名古屋造形大学造形学部を卒業。愛知県瀬戸市在住。

 その後、愛知県立窯業高等技術専門校(現・愛知県立名古屋高等技術専門校窯業校)も卒業。​陶製人形の老舗で絵付け・原型の技術を磨いた経験をもつ。

 現在は、愛知県瀬戸市の共同スタジオ・タネリスタジオに参加。各地で個展、グループ展に参加しているが、L galleryでの個展は初めてとなる。

 2020年の年末から2021年初めにかけ、L galleryで開催された女性6人のグループ展「星月夜」に出品。そのレビューでも、詳しく植松さんに触れているので、「L gallery(名古屋) 星月夜 1月17日まで開催」も参照してほしい。

植松ゆりか

 また、「 瀬戸現代美術展2019」(2019年9月7日〜10月14日)では、裏返して樹脂で固めた多数のぬいぐるみを木から吊るしたインスタレーションを出品。生命力とグロテスクさが際立った展示で注目された。

 「星月夜」のレビューにも書いたが、植松さんが制作に使う素材は、主にぬいぐるみである。また、その一方で、陶製人形の精巧さ、物語性に魅せられたのがきっかけで、やきものを学び、作品にも用いている。

 植松さんの作品の強みは、自分の生い立ち、経験に基づいた世界を展開させているところである。

植松ゆりか

 その1つは、彼女が家族とともに青年期までマイノリティーな信仰の信者として神中心の世界観で育ったこと。その抑え込まれた自由や欲望は、社会の現実との間でギャップを生んだ。

 もう1つは、幼少時から、触覚、聴覚、視覚が一時的に異常になるトランス状態、非現実な感覚を体験し、回数は減っても、今も続いていること。

 つまり、植松さんの作品は、自由と自己解放、価値観、視点の転換を求めて葛藤する自画像であると同時に、言語化できない、倒錯したような感覚をはらんでいる。

 ぬいぐるみは、腹を引き裂かれ、綿の代わりに内部にコンクリートや樹脂、シリコンを流し込まれ、解体後、体の一部が裏返しにされる。

植松ゆりか

 愛されたい一心で型通りに生きてきたかつての自分を重ねたように、腹にコンクリートを詰め込まれたぬいぐるみが、額縁の矩形に押し込まれている作品がある。

 それは、愛してもらうために、神の望む姿に形を変えた植松さん自身のようであるが、同時に、神から愛される存在になれず、ぬいぐるみ本来の「かわいい」という価値を失い、醜く裏返った存在になっても、解放と成長、喜び、楽しみ、人生を謳歌する未来を求めた姿のようでもある。

 皮を剥ぐ、引き裂く、裏返す、押し込めるなど、植松さんの素材への関わりは、破壊的で残虐であるが、それは、存在を巡る葛藤のあかしでもある。

 切り裂かれ、樹脂で固められるとともに、部分的に裏表が反転した姿は猟奇的ですらあるが、それもまた、罪悪感と自由との間で葛藤を抱えた自身のアイデンティディーなのである。

 幼年期の記憶、両親との関係や、抹消したい過去に対する精神的な葛藤、自分の存在、価値を巡る問題意識が避けて通れないものとして、彼女の主題になっている。

植松ゆりか

“Rabbit hole”

 ぬいぐるみは、母子未分化な状態からの分離不安に対する幼児の防衛的、代理的な愛着対象、いわゆる「移行対象」であり、 植松さんがそれに自分を重ね、腹を引き裂いては、中にコンクリートや樹脂を流しむ、あるいは、表裏を反転させるのは示唆的である。

 つまり、このぬいぐるみは、彼女の自画像であると同時に家族の自画像でもあるのだ。

 今回は、その意味で、4体のウサギのぬいぐるみを組み合わせることで、家族関係をも想起させる作品「Breastfeeding」(授乳)が印象に残った。

 母ウサギと3体の子ウサギによる授乳のイメージだが、かわいらしさ、か弱さ、繁殖、豊穣、再生あるいは、母性、親子愛など、さまざまな意味が裏返り、葛藤を内在させる。

植松ゆりか

 そして、展覧会タイトルが「Rabbit hole」であることを思い起こすと、この裏返る感覚が、今回の展覧会全体を貫くものであることにも気づくだろう。

  「Rabbit hole」は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』から来ている。つまり、今回の展示では、空間全体がインスタレーションとして、反転したような非日常的な異世界としてイメージされているのだ。

 よく見ると、天井には、テーブルランプや卓上ライトが逆さまに設置され、天地が反転していることが分かる。

植松ゆりか

 また、ギャラリーの掃き出し窓のガラス全面に虹色のグラデーションフィルムが貼られ、窓の外に反転したギャラリー空間があるように映るなど、空間全体が普段とは違う幻想的な世界になっている。

 植松さんの作品には、彼女自身が過去と、現在、そして未来に向けたビジョンの中で見いだした、言語化できない相反的な感覚、すなわち、かわいいものと醜いもの、楽しさと恐怖、家庭の親密感と拘束、自由と抑圧、表と裏、正と邪、絶対と相対、構築と破壊、生と死が共存するともいえるのである。

 植松さんは、最近、ゴブラン、ジャカードなど、インテリア用の布を引き裂いて、空間の展示に使っている。2021年4-5月の前橋市での個展では、それをギャラリー空間の中で、肋骨のような形状にして吊るした。

植松ゆりか

 それもまた、楽しげでありながら、どこか恐ろしい空間である。そして、それは、彼女の生い立ちと感覚異常とに密接に関わっている。

  物が通常よりも極めて小さく、あるいは大きく感じられるなど、植松さんが子供の頃を中心に体験した非現実的な感覚は、「不思議の国のアリス症候群」ともいわれる。

 そして、 引き裂かれ、反転する彼女の作品や空間自体が秘儀的で、不思議な感覚に導くという意味では、「不思議の国のアリス」と触れ合うところがある。

植松ゆりか

 会場には、ドローイング的な軽やかさで、小さなクッションにイメージを刺繡した手芸的な作品や、夢の中に出てきたモチーフを陶器で表した小品も展示されている。

 今回は、小さめの作品が多いが、会場にあった資料で見た大型の旧作にも、とても興味深いものがあった。大きな空間での渾身のインスタレーションを見てみたいものである。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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