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土屋敦資展「森の記憶」―木版画・銅版画―ギャラリーA・C・S(名古屋)で2024年11月2-16日

ギャラリーA・C・S(名古屋) 2024年11月2〜16日

土屋敦資

 土屋敦資さんは1962年、名古屋市生まれ。愛知教育大学出身。現在の制作拠点は同市緑区。ギャラリーA・C・S(名古屋)での個展は隔年で、2020年2022年にも開いている。

 一貫したテーマは「森の記憶」。今回の出品作は、銅版画、木版画がほぼ半々で、大型の作品では木版画、銅版画を併用している。

 タイトルは全ての作品が「森の記憶」で、それに《karamatsu》《kuzu》《kiri》《shii》などが組み合わされる。カラマツ、クズ、キリ、シイなど森を構成する樹々、蔓性植物が小テーマとして付随しているのである。

「森の記憶」2024年

 イメージを雁皮紙に黒インクで刷り、その裏打ちとして、カラマツなどの落葉が使われている作品と、それに、黒刷りした洋紙に濃いグレーのインクで凸版刷りをした部分を加えて、対比的に構成した作品がある。

 雁皮紙に刷った部分は、黒く素朴な線でイメージが強く現れ、カラマツなどの落葉を固めた支持体の物質性も強調される。

 他方、黒い部分では、図が地に同化し、接近しないと見分けがつかいないほど繊細である。2つの区分は、陽と陰、明示性と暗示性という言い方もできる。

 そして、2つのパートをもつ作品でも、全体は1つの世界としてつながっている。つまり、ひと続きの同じ世界が別の視点で捉えられている。

 イメージが自然の物質性とともに直接に鑑賞者に訴えてくる部分と、物質というより見えないものがほのめかされている部分によって、自然の生命力、つながり、その深奥な世界をそのまま抱え込んだように作られているのである。

 イメージは、樹々の枝や葉、蔓性植物、降りしきる雨、川のような流れ、水たまり、波紋などで構成され、ある部分では優しく、また別の部分では荒々しく表現されている。儚く、傷つきやすく、同時に強く、たくましい世界である。

 さまざまな形象、テクスチャー、レイヤーがモンタージュされたように混在しながら森羅万象、全体性の象徴にもなっているのだろう。

 雁皮紙に黒インクで刷られた部分は、とても生々しく、臨場感がある。華やかな色彩はなく、個々の形の要素は単純化されているのに、植物と大地と水による循環の物語が示されているのだ。

 裏打ちされたカラマツなどの葉の素材感が、森の腐葉土を連想させ、作品に、森そのものの空間の肌理と奥深さをもたらしているのは間違いない。

 そこには、森を外から見た、単なるかたちではなく、中に入って歩いて初めて感じられる湿り気、感触、匂いがあるのだ。

 他方、対比的な黒い部分は、視覚的なイメージや知覚を超えた森の幻想性、神秘性、生命と生命のつながりによる大きないのちを象徴している。

 今回の土屋さんの作品は、優しさ、洗練というよりは力を感じさせる作品が多い。生命を育む恵みとしての水は、時に人間社会に牙を向け、豪雨災害をもたらす。

 土屋さんの作品の根底には、2000年の東海豪雨の際、勤務していた高校が水没した経験がしのび込んでいる。そして、近年、ますます増加する豪雨災害が作品に影響している。

 作品が、これまで以上にストレートになったとも言える。今回は、水の恩寵を象徴するように使われていた金箔の使用も極力避けている。

 装飾性、情緒性、抒情性よりは、小手先の表現に頼らず、よりシンプルに強く、潔くというのが今回の作品なのではないか。

 そうした中で、これまでになかった新たな試みとして、不定形の黒い支持体を使った作品が興味深かった。押し固めた落葉の上に重ねた薄い雁皮紙に白いインクでイメージを載せた作品である。

 薄い雁皮紙から透けて葉の物質感が剥き出しになっているが、黒インクでなく、白インクを使い、さらには樹脂も取り入れることで、これまでの土屋さんの作品イメージを超える展開を見せている。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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