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土屋敦資展―木版画・銅版画―ギャラリーA・C・S(名古屋)で2022年11月12-26日

ギャラリーA・C・S(名古屋) 2022年11月12〜26日

土屋敦資

 土屋敦資さんは1962年、名古屋市生まれ。愛知教育大出身。名古屋市緑区を拠点に制作している。ギャラリーA・C・S(名古屋)で一年おきに個展を開いている。2020年の個展レビューはこちら

 自然をモチーフにした版画を発表してきたが、単に風景や自然の形象、心象風景を写し取るだけではない。

 自然が抱え込む複雑さ、ひいては、森羅万象の、ときに不条理ともいえる奥深さを、イメージのみならず、テクスチャー、レイヤー、対比、反転など、版画に関わる多様な技法、表現を駆使して、ポリフォニックに浮かび上がらせるのである。

土屋敦資

 「森の記憶」と題された連作は、森の樹々、植物の多様な姿と雨(水)がモチーフ。近年は、生命力の象徴としての雨の恵みと、自然が牙をむく豪雨災害という水の二面性を、ディープエッチングで表現している。 

 特筆すべきは、「雨の記憶」と題された大作2点。縦90センチ、横2メートル25センチという長大なサイズに、人間中心主義を超えた自然と水のダイナミズムを表出している。

 繊細な感覚とともに迫力のある大画面である。

土屋敦資

A・C・S 2022年

 土屋さんの作品は、落葉したカラマツの葉を煎餅のように平らに固めた支持体を使うのが特徴。その上に、ディープエッチングで刷った雁皮紙を重ねることで、単なるイメージではなく、森のテクスチャー、湿潤の感覚を伝えてくれる。

 ディープエッチングによる明瞭な線に、雁皮紙の裏にあるカラマツの素材感が加わることで、より強い表現が可能となるのだ。

 カラマツは支持体の裏打ちともいえるが、森のカラマツの葉そのものを直截簡明に展示しているという言い方もできる。つまり、イメージのレイヤーであるとともに極めて物質的な作品である。

土屋敦資

 作品によっては、金箔も使っている。これは自然の恩寵の象徴ともいえる。

 一部の作品では、黒い紙に濃いグレーのインクで刷った部分と対比させている。大作では、カラマツの部分と黒い部分の対比が効果的である。

 グレーの紙に黒いイメージを刷ってっているように見えるが、逆で、黒刷りした紙にグレーのインクで凸版刷りをすることでイメージが下から浮き上がるようにしている。

土屋敦資

 近づかないと分からないほどの細やかなイメージである。カラマツの上に重ねたのが雁皮紙なのに対し、こちらは洋紙である。

 緑豊かな森の生命力、そこに降り注ぐ雨(水の循環)が、土屋さんのメインモチーフである。

 だが、先に書いたとおり、水の表象は、例えば、足元の腐葉土に蓄えられた豊かな水のイメージだけではない。恵みとしての水に加え、ときとして人間を脅かす自然の巨大なエネルギーが土屋さんの中にあるもう1つの水のイメージである。 

土屋敦資

 背景には、2000年の東海豪雨の際に、当時、土屋さんが勤務していた高校が水没した経験がある。

 土屋さんの作品をよく見ると、実にさまざまな形象が現れている。樹々の葉、昼顔、雨、しずく、水の流れ、水の波紋……。

 今回は、新たに、つる性の多年草で繁殖力が強い葛のイメージも多く使っている。葛は堤防などの水辺で見かけることも多く、土屋さんは、そのたくましい生命力を驚きをもってながめてきた。

土屋敦資

 生命の源である水、あるいは、人間を恐怖に陥らせる水。

 恩寵としての太陽の光が、ときとして干ばつに反転するように、水もまた命を育む一方で、水害として人間を脅かす。

 人間の都合で、宇宙は動いていない。土屋さんの作品は、関係を結び、依存しあいながら、ときに対立して、生成消滅する万物を、森、植物と水の関係から描いている。人間を超えた万物流転の世界である。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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