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土屋敦資展 ―銅版画・木版画―ギャラリーA・C・S

ギャラリーA・C・S(名古屋) 2020年10月24日〜11月7日

土屋敦資展 ―銅版画・木版画―ギャラリーA・C・S

土屋敦資

 土屋さんは1962年、名古屋市生まれ。

 以前から、作品を見て、一貫した制作姿勢に触れてきたが、じっくり制作の背景を聞く機会を持たなかった。今回、版画といいながら、実にアイデアに富んだ手法で独自の表現を続けていることを知った。

 自然の質感、深遠さを版画によって写しとろうする試みだが、土屋さんの作品の特徴といえるのが、テクスチャー、つまり、肌理の豊かさである。

土屋敦資

 一見、シンプルに見えながらも、自然の奥深さ、多様性を、テクスチャーの変化、そのための独創的な手法で実現するのである。多様なイメージのレイヤー、素材を重ね、あるいは、並置することで、小さな画面の中に、自然がもつさまざまな姿が実に生き生きと浮かび上がるのである。

 タイトルは、全て「森の記憶」となっていて、モチーフは、キリ、シイ、ノイバラ、カラマツなど、森を構成する樹々である。

土屋敦資

 端的には、それらの幹や枝、葉、実、種、花が、その森に降り、育てる雨のイメージとともに描かれる。

 土屋さんの作品を印象付けるのは、まず、自然に落葉したカラマツの葉を固めた支持体である。八ケ岳の林道近くで、カラマツ林に出合ったのがきっかけだった。

 このカラマツの落葉を紙のように固めた支持体が、土屋さんの作品の豊かな質感に大きく作用している。

土屋敦資

 雨上がりのカラマツ林では、そこに降り注いだ慈雨が湿気となって、その植物の生きている匂い、生気を空間全体、物質の隅々まで行き渡らせていた。 

 土屋さんは、その緑豊かな生命力を表現したいという気持ちにかられたのである。

 落葉を持ち帰り、森の記憶を作品にできないかとの思いから、試行錯誤を重ねた。結果は、きれいにした後、煎餅のように平らに固める方法がシンプルながら、土屋さんが森で感じた生命の質感、湿気を再現していた。

土屋敦資

 そこに雁皮紙を重ねて、樹々と雨をモチーフにしたイメージを刷るというのが、作品の骨格である。

 薄い雁皮紙からは、カラマツの葉のテクスチャーが透け、森の湿潤した空気感が直接に伝わってくる。

 実は、雁皮紙は2枚がずらして重ねられているので、1枚の部分と2枚のところで、皮膜を通じて透ける肌理にも、変化がある。

土屋敦資

 ディープエッチングと、凹版木版の作品がある。いずれも黒のインクの線がとても力強い。あえて、自然の、森の、樹々の生命の強さを表そうとしているようである。

 ディープエッチングでは、深く銅板を溶かすことで、インクが盛り上がって、インパクトの質感の強い調子が出ている。

 雁皮紙の裏にあるカラマツの強い素材感も加わって、生命力の強さが強調される。

 木版画では、シナベニヤを繊細かつ荒々しく彫って、力強い線を出している。こちらも、雁皮紙の裏から透けるカラマツがマチエールに変化を与えている。

 また、木版では、木目のイメージが重ねられ、より豊かな森林のイメージへと高められている。

土屋敦資

 モチーフとなるある木の幹、枝、葉、花や実、種子などの断片で構成され、自然の生命力、循環、再生が謳われる。

 作品によっては、2枚の雁皮紙の間に金箔を貼っている。自然の恩寵、雨の恵み、豊かさを象徴しているようである。

 また、一部の作品では、黒い紙に濃いグレーでイメージを刷った部分が組み合わされている。形象が深く沈み、近付かないとイメージを確認できないほどである。

土屋敦資

 こちらは、雨の恵みとは逆に、静謐な表現ながら憂いをはらんだ中に、豪雨災害など自然の猛威を暗示しているようである。

 聞くところでは、2000年の東海豪雨の際には、当時、土屋さんが勤務していた高校も水没。生徒の作品が被害を受けた。

 自然が牙をむくことも忘れていないのである。

土屋敦資

 大気と大地を巡る水の恵みは、その裏側に恐ろしい力をはらみながらも、豊かな森へ注がれることで、水を蓄え、生命の源流となって生態系を育んできた。

 土屋さんの作品は、落葉を固めた支持体、雁皮紙、木目、樹木の多様なイメージ、金箔などが一体となって、その多様な肌理から森の深い存在を表している。

土屋敦資

 森の生命力と再生力、雨の恵み、循環と生態系は、テーマとしては、真新しいものではない。

 それでも、土屋さんの作品を見て、人間がこの地球で生きていく上で欠かせないまなざし、忘れてはいけない自然と人間性が結び合う希望に感じいるのは筆者だけではないだろう。

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