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諏訪未知展 ガレリアフィナルテ(名古屋)で7月10日まで

ガレリア フィナルテ(名古屋) 2021年6月29日〜7月10日

 諏訪未知さんは1980年、神奈川県生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科絵画専攻油画研究領域修了。

 ガレリアフィナルテでは、初めての個展となる。2020年にVOCA展に出品している。 絵画を主に制作するが、立体も空間に配置したインスタレーション的な展示である。

諏訪未知

 展示されたのは、油彩画のほかに、床に置いた立体が2点。すぐに気づくのは、絵画も立体も、純粋に美的な性格と、視覚的な装置としてのあり方があることである。

 こうした展示方法からも、絵画の成り立ち、形式、空間や壁面、床面、あるいは「見る人」との関係を探りながら制作・展示していることが分かる。

諏訪未知

 筆者は初めて見る作家だが、DMで見るのと実物とでは随分と印象が異なり、実際には、落ち着いた色彩ながら美しく、また視覚を活性化するような空間をつくっている。

 それは、諏訪さんが現実世界に向き合うときの、外界へのまなざしや認識、身体性や時間性が、それを再構築した絵画作品と展示空間、鑑賞者との関係によって再起動するように体感されるからではないか。

諏訪未知

 そのために、1つ1つのことがとても丁寧に理知的に練られ、配慮が行き届いた感じである。

 それぞれの作品は、サイズ的に大きくなく、いずれもシンプルなのだが、深く考えを巡らし、隅々まで注意深く制作したことが分かる。

 細部の塗り、線や形、色、部分の配置と全体との関係、形象の重なり、図と地の関係、キャンバスの側面など、いずれもとても精緻にコントロールされている。

諏訪未知

 身の回りの世界への視覚、認識についての思考と、絵画を絵画たらしめていることへの問いかけ、そうしたプロセスを1つの見える形にしたものとして絵画を定立しているのだろう。

 同時に、見る側は理屈っぽく考えなくてもいいとも思う。作家の思考過程はそれとして、作品も展示空間もとても美しく、作家も結論じみたことを言いたいわけではないだろうから。

諏訪未知

 筆者は、同じ画廊で取材した彫刻家の伊藤誠さんを少し連想してみた。

 伊藤さんの作品同様、諏訪さんの作品も、幾何学的(図案的と言うべきか)でシンプルでありながら、繊細で、線や形、色、その重なり、細部と全体、質感、手技の痕跡を大切にしていることから、1つの作品とは思えないほど、見え方が変化し、多元性によるスリリングな知覚を体験させてくれる。

諏訪未知

  実際の視覚体験に基づくのであろう、 図案化された各要素の配置のバランスや関係性、レイヤーの重なりには、ゆがみや、均衡をわずかに崩したズレなどから来る動きやリズムもあって、緊張感と動感、温かさが見事に同居している。

 諏訪さんは、対象を見下ろすような視点から描き始めているらしい。そのうえで、その見え方の感覚を抽象化、相対化するように、絵画として幾何学的、図案的に構築し直す。

諏訪未知

 明瞭な画面の中に、錯視的と言うのとは違うかもしれないが、空間の捉え方や、奥行き、地と図の関係、動きなど、知覚の抽象化、相対化が目論まれている。

 この絵画空間や展示の美しさは、シンメトリー、円形、正方形、回転するような動きとも関係しそうである。

諏訪未知
諏訪未知

 「池」と題された2点(上の写真)は、いずれも正方形の画面にフレームが作られ、その中の上下に微妙に形を変えていく波打つような連なりがあって、さらに、その間を、左右から「く」の字のような線がずれながら入り込んでいる。

 真ん中あたりに沈む感覚と、「く」の字が立ち上がるような印象、各パーツの浮き上がるような見え方、横移動や回転するダイナミズムが合わさったような知覚に誘われる。

 見るということの素朴な感覚、面白さがここにはある。うまく言えないが、その、うまく言えなさが魅力でもある。

諏訪未知

 「Object 2021」(上の写真)の支持体は、木のパネルである。画面にグリッド状の切り込みが入っていて、パネルの外枠の正方形と格子が規定しあうようになっている。

 外枠の内側に黒い正方形が重なり、さらにその真ん中に突起物のような小さな布切れが貼られている。

 周辺の茶色の部分がマットな質感で、グリッドを刻む溝の木目が見えているのに対し、黒い正方形は光沢のある膜が上から覆うようにグリッドの溝も黒い。

 中央の布切れから支持体にかけて、近づかないと分からないほど彩色がしてあるのが興味深い。この複雑な色彩の塊は黒い空間に浮いているように見える。

諏訪未知

 「Honey 2020」(上の写真)は、キャンバスの正方形の外形に沿って、太いストライプが反復され、キャンバスの形態によって、画面の中の形が規定されているのかと思わせる。

 ストライプは所々が細くなったり、かすれたり、途切れたりしていて、特に一番外のストライプは切れ切れになって、はみ出ている。こうしたことから、 むしろ、真ん中の塗りつぶした矩形の色面から、外に向かってストライプが描かれていったのかとも考えさせる。

 フランク・ステラの初期の「ブラック・ペインティング」に みられるキャンバスの矩形と画面の形の反復のテーマが想起される一方、黒い部分と緑の部分の図と地の反転も意識される。

 加えて、黒と緑のストライプが繊細な筆触、色彩によってニュアンスに富んだものになっていて、 揺らぎとともに階段状になった絵画空間に動感と遠近感を呼び込んでいる。

 世界を見るときのリアル、視座への問い掛けが、絵画を見るという楽しみによって味わえる展示であった。

 関連展示としては、「没後30年 諏訪直樹展 三重県立美術館」

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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