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没後30年 諏訪直樹展 三重県立美術館

 三重県四日市市出身で、36歳で早世した画家、諏訪直樹さん(1954〜1990年)の展覧会が2020年2月1日〜4月5日、津市の三重県立美術館で開かれている。コレクションによる特別陳列で、収蔵品、寄託の20件32点を展示。企画展示室の全室を使って作品の流れをたどる。絵画の矩形のフレームを乗り越え、日本の伝統絵画も参照しつつ、既成の絵画観を超えようとした格闘は、1970、80年代に確たる足跡を残し、今なお新鮮である。同館では、没後11年となる2001年に大規模な回顧展を開催。まとまった展示は約20年ぶりである。

諏訪直樹

 諏訪さんは、概念的、思弁的な現代美術のトレンドが支配し、表現すること自体が問われた1970年代の後半に制作をはじめ、80年代にかけて、日本の伝統をも取り入れながら、ラジカルに絵画の可能性を追究した。会場では、描くための独自のシステムと豊かな絵画性が融合した諏訪さんの世界を広く知ってもらおうと、分かりやすい解説冊子を無料で配布している。
 2月23日午後2時から、美術評論家の北澤憲昭さんの記念講演会を開催。3月7日、21日には午後2時から、美術史家、石崎勝基さんによる連続講座がある。2月15日、3月28日の午後2時から、速水豊館長によるギャラリー・トークも。

諏訪直樹

 また、没後30年を記念し、諏訪さんの作品を収蔵する他の美術館とも連携。三重県立美術館が呼びかけ、「諏訪直樹 没後30年 連鎖企画」を立ち上げた。3館が諏訪さんの未完の連作《無限連鎖する絵画》をそれぞれ展示。宇都宮美術館は2019年11月23日〜2020年2月24日、目黒区美術館は2020年2月15日〜3月22日、千葉市美術館は2021年1〜3月。各館とも所蔵部分が10〜20メートルにもなり、全てが連なると、57メートル超にもなるという大作である。

 まずは1970年代の初期作品である。諏訪さんは1975年から77年までBゼミSchooling Systemで美術を学んだ。展示作品は、76年のBゼミ在学時、諏訪さんが22歳の頃から始まる。絵画を1から構築し直そうと考えた諏訪さんは、最小限の描写手法である点描から入る。ドットの色彩、色合い、密度をシステマティックに変え、矩形を構成するのである。

諏訪直樹

77年の作品《IN・CIRCLE NO.1》は、7点の組作品である。7点は等間隔に並べられ、L字形に展示された。それぞれは2つの区画に分けられ、順次、右隣の絵画に同じ色合いの矩形が連続するように展開。個々のタブローでなく、連続性の中で絵画を問い直している。初期において既に大作《無限連鎖する絵画》の萌芽が見られるのは注目すべきだ。
 点描で描かれているが、それぞれはドットというより、斜めに引かれた筆触といった方がよく、それらのシステマティックな集積、タッチの反復で絵画が成り立っている。各区画は、段階的に変化するタッチの色合いや濃淡、粗密によって周到にコントロールされている。赤、緑など補色関係にある基本色のタッチをシステムを決めて置いていく中でも、完全に幾何学的ではなく、それぞれのタッチに表情と揺らぎがあって、その重なりが変化を与えている。とりわけ、全ての色合いが重なったところにある濃いタッチが7センチ間隔で並んでいて、律動するようなリズムを生んでいる。

諏訪直樹

 77年の作品《無題1977》でも、斜めのタッチが集積して画面ができているのは変わりない。斜め45度の方向で筆が下ろされ、タッチを反復。やはりシステマティックだが、手技ゆえの揺らぎ、表情がある。補色同士の赤と緑、それに青とオレンジ、さらに黄と紫のタッチを加えていき、密度も高めていく。画面が濃密になる中で、どの画面にも内側に矩形のフレームが浮かび上がっている。

諏訪直樹
諏訪直樹

1978年に制作された《The Alpha and the O mega M-1》など、3つの作品は、シェイプト・キャンヴァスの連作である。非常にシステマティックだ。黄金比(1:1.618)の長方形を分割していき、その過程でできる大小の正方形と黄金比の長方形の配置を転換し、一部を別の場所に移動させることで新たな形態を生んでいる。色彩は捕色関係の赤と緑、そして白。やはりドットの集積である。正方形は赤いドット、黄金長方形は緑のドット、それ以外は白いドットで埋めるというルールに基づき、重層的な塗り重ねがある。

諏訪直樹
諏訪直樹
諏訪直樹

1979年の作品では、さらに作品が展開を見せる。《The Alpha and the O mega MD-8》は、黄金長方形と正方形というモジュールを基本単位にした構成は変わらないものの、斜め45度の線が加わり、全体がよりダイナミックになってくる。色彩も、赤と緑の補色関係に青とオレンジがプラスされる。正方形は赤、黄金長方形は緑という原則はそのままで、斜線によって生まれる直角二等辺三角形は青、それ以外の部分はオレンジとなる。
 着目すべきは、例えば、同じ緑でも、異なる3つの色合いのタッチで彩色されるなど、各色とも3種ほどの異なる色合いが使われ、それぞれのタッチも一方向でなく、うねるようにいろいろな方向に曲げた短い曲線になっている。絵画空間が豊かになるとともに、キャンバス自体の物理的な厚みが増し、絵画が前にせり出そうとしている。80年代の作品への予兆とともに、フランク・ステラの作品と重なる問題意識も感じさせる展開である。

諏訪直樹

1980年代には、作品が大きく変貌。1980年の《波濤図 No.1》《波濤図 No.2》では、屏風のように絵画が立体的なものになる。もっとも、折れ曲がった各面の幅はそれぞれ異なり、最も大きい画面の縦と横、あるいは、各面の幅が黄金比で構成されている。波濤図のタイトル通り、激しい筆触が画面を占め、全体が大きくうねるようなダイナミズム、エネルギーを表現。2つ並んだ展示を見ると、いずれも金地に赤、緑で描かれて、描かれているイメージの動感は左右対象ながら、色は赤と緑が反転。2作品が連動するような動きも感じられる。荒々しいタッチが勢いよく自在に重ねられる一方、鉛筆による幾何学的な下がきの線も見える。日本の伝統に根ざした金地の屏風的な形式を導入しながら、単純な日本回帰はせず、果敢に新たな絵画を追究していたことが分かる。

諏訪直樹

さらに諏訪さんは、衝立を空間に配置した大作を制作。1982年の《日月山水1》《日月山水2》《日月山水3》を見ると、西洋近代の絵画を自明のものとせずに探求したことが一層明らかになる。まず衝立の両面に描かれ、周囲を回遊しながら鑑賞することが前提になっている。3作品が連なるようになって、全体を構成。それぞれの衝立は、黄金比に基づく3つのパネルからなり、それらのモジュールの接続の仕方が違うため、衝立自体の形式も変形する。金地に円や三角形などの形が描かれ、即興的で自由奔放な筆致とシステムとして作り上げる方法論が共存する。

諏訪直樹

 80年代には、東洋的な掛け軸や、屏風の形式を取り入れた作品も制作。1986年の《PH-2-8602》は、ニュアンスと陰影に富んだ下地に、幾何学的なシャープなイメージで構成され、その内なる空間に金色など多彩な屈曲した線や飛沫がカオスのように層をなしている。左側から大胆に介入する鋭角的なくさび形が際立つ作品である。

 1987年に描かれた《PS-8717 八景残照I》《PS-8718 八景残照II》は、いずれも屏風仕立ての豪奢な作品。その後に展開する《無限連鎖する絵画》を彷彿とさせるパノラミックな作品である。陰影豊かな地塗り、幾何学的な形、躍動するような奔放な筆致などが混在。各要素が拮抗する中にも、金色や紺、濃い緑が際立ち、シャープな直線とともに、張り詰めるような緊張感を高めている。
 この屏風に現れるくさび形、鋭角、直線の傾きは、斜辺を除く2辺の長さが1:2となる直角三角形から導かれているなど、ここでも幾何学的な原理、規律が絵画の基本的な構成を決めている。これらの要素は、1年後の88年から亡くなる90年まで制作された《無限連鎖する絵画》にも引き継がれる。屏風形式のパノラミックな作品は、さらなる展開を見せ、57メートルを超える長大な未完の大作へとつながるのである。

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