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佐川晃司・赤塚祐二展 ガレリアフィナルテ(名古屋)で2023年9月19日-10月14日

ガレリア・フィナルテ(名古屋) 2023年9月19日〜10月14日

佐川晃司

 佐川晃司さんは1955年、福井県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程を満期退学。京都精華大学教授を務めている。

 1980年頃から、一貫して、色面や線、幾何学形などからモダニズム以降の絵画を追究している。

 グループ展に、1992年「現代美術への視点ー形象のはざまに」(東京国立近代美術館/ 大阪・国立国際美術館)、1995年「水戸アニュアル‘95 絵画考ー器と物差し」(茨城・水戸芸術館現代美術ギャラリー)など。個展に、2006年「場からの創出」(愛知・豊田市美術館)、2016年「絵画ー見ることの向こう」(福井・金津創作の森)など。

 一見すると、抽象絵画、画面を分割したミニマルな絵画に見える作品は、アトリエのある滋賀県大津市郊外の里山の風景を捉えることをベースに描かれている。

佐川晃司

 写真だと分かりにくいが、絵具を何層にも重ねることで、複雑な色合いが支持体の深奥からじわっと、しみだしてくるように広がっている。

 絵具の重なりは、とても繊細で、濃度を変化させている感じ。一番上の層は、キャンバス地の粗い肌理のてっぺんに、薄めずに使った絵具が付いているだけで、そのあわいから下層の色彩が幾重にも透過してくる。

 それらの絵具のレイヤーの重なりによって絵画空間の密度が高められる。イリュージョンとして感受される空間の厚みの奥に、自然の風景が秘匿されているのである。

佐川晃司

 実際、佐川さんの絵画によく登場する菱形という形態は、まさに佐川さんが自然の風景を知覚したときの体験が基になっている。それは、逆光で、ボリュームのある木が平面的な菱形に見えたという実感である。

 つまり、佐川さんにとって描くとは、風景を前にした画家の身体性、すなわち知覚と外界との関係においてつかみとられた空間の実感を絵画にするため、風景の量感と物質としての絵画の平面性の微妙な均衡を成り立たせることである。

 それゆえ、それは単なる視覚的イメージではない。画家の風景を見るという知覚体験が、描くときの選択を呼び起こし、その時間の積み重ねによって生成された物質としての絵画が鑑賞者の体験をも喚起するのである。

佐川晃司

 風景(空間)の質、それと向き合う作家の身体的体験の質、絵画の質がつながること。それは、作家の人生の連続する刹那、描く過程としての日々の時間の質がイコール、絵画の質ということなのである。

 物質としての平面性と、そこにたたみ込まれた風景の質感、量感、深度の、ぎりぎりの邂逅がここにある。

 それは、作家が、自身の息遣いとともに向き合う風景の実感、すなわち、自分のかけがえのないいのちに自覚的であるがゆえに成し得た絵画の質である。

佐川晃司

赤塚祐二

 赤塚祐二さんも、佐川さんと同じ1955年生まれ。鹿児島県出身である。1981年、東京藝術大学大学院修士課程修了。現在、武蔵野美術大学教授。

 グループ展に1992年「現代美術への視点ー形象のはざまに」(東京国立近代美術館/ 大阪・国立国際美術館)、1995年「視ることのアレゴリー 1995:絵画・彫刻の現在展」(東京・セゾン美術館)、2003年「絵画の力 80年代以降の日本の絵画」(東京都現代美術館)、2012年「抽象と形態——何処までも顕われないもの」(千葉・DIC川村記念美術館)など。

 赤塚さんもまた、現代絵画の可能性を探究してきた一人。筆者は、新聞記者をしていた1990年代にガレリア・フィナルテで取材したことがある。

 当時の作品は、どちらかというと暗たんとした重厚な絵画空間の中で、拮抗するような力強い動感によって濃密な気配をみなぎらせていた。

赤塚祐二

 蜜蠟を絵具に混ぜ、ペインティングナイフと筆を用いて描かれた作品群は、地に置かれた図という安易な二分法を跳ね除けるようなエネルギーに満ちていた。

 擦りつけ、削り取るなど、反復される営為による絵具の無秩序な重層の中から、形象を捉えながら同時に解放しつつ、骨太で、時として粗放に見える画面を豊穣な絵画空間として成熟させていくのである。

 画家が画面に自らの生動感とともに関与した痕跡の《現れ》、あるいは《隠れ》による時間の重層化によって、色彩、線や形とともに、強靭な空間が探究される。

赤塚祐二

 2021年に同じガレリア・フィナルテで開催された展示は、伊藤誠さんとの2人展だったこともあり、「ケージとカナリア」と題された鉛筆、アクリル、クレパスによる連作が紹介された。

 今回は、以前のガレリア・フィナルテほどの天井高がないこともあって、大画面ではないものの、それでも確固として存在する作品が展示されている。

 佐川さんの作品にも言えるのだが、モーリス・ドニが、絵画について「ある秩序のもとに組み合わせられた色彩が塗られた平面」とした絵画の平面性、物質性が強く意識されている。

赤塚祐二

 複雑さをはらんだ色彩が時にせめぎあうような空間に、矩形などの幾何学的な形や、山のような形象が現れ、既成のイメージ、遠近感への接近を避けている。

 複数の矩形が妙にわざとらしく平行関係にあるかと思えば、その一部が崩れ落ちるように変形しているものもある。あるいは、青い台形がどこか飄々と不均衡に突き出ている。

 矩形の角が山に触れているなど、それぞれの形象の相互の関係がユニークで、意味内容や位置関係、空間性など安易な解釈を裏切り続ける、そんな葛藤のただ中に、絵画としての力が充溢した作品である。

赤塚祐二

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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