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「小川淳の青春」遺作展1974-1994 愛知・大府市歴史民俗資料館で2026年4月7-19日に開催 

  • 2026年4月17日
  • 2026年4月17日
  • 美術

大府市歴史民俗資料館 2026年4月7〜19日

 小川淳さんは1960年、愛知県大府市生まれ。1995年に亡くなった。

 大府中学校で、恩師の版画家、森岡完介さんと出会い、刈谷北高校を経て、東京芸術大学油画科に進んだ。

 筆者は、1990年代から、森岡さんをはじめ、小川さんの個展をした名古屋の画廊・白土舎の土崎正彦さん、あるいは小川さんのパートナーで画家の久米亮子さん、東京芸大時代に交友を深めた北川智昭さん、小西信之さんらから、小川さんの話を伺い、小川さん自身からも展示の案内をいただくようになった。

 今回の展示は、森岡さんらが、才能あふれた小川さんの作品を若い頃のものを中心に知ってもらおうと企画した。

 筆者は、亡くなるまで知らなかったが、がんの告知を受けた後、小川さん自身が2024年に「小川淳初期作品集 1974-1994」という冊子をまとめていて、それを受付で入手することができた。

 会場では、その冊子にも収録された中学校時代の銅版画などから、作品が展示されている。

 高校、東京芸大の頃、ドイツ時代⋯と展開するが、それは、森岡さんに宛てた手紙でも吐露されているとおり、現代美術という隘路の中でいかに作品を制作するかという葛藤そのものでもあった。

 絵画に行き詰まっていた頃に制作し、第1回日本オブジェ展で大賞を獲得した銅板オブジェの作品、写真と手描きを合成した「天竺塔」のシリーズも展示されている。

 「小川淳初期作品集 1974-1994」に、今回の展示に合わせて書かれた森岡さんと、北川さんの追悼文が挟み込まれていた。

 森岡さんが大府中に赴任した1974年、小川さんは中2だった。森岡さんの文章には、中学校の美術教師と教え子という関係以来、変わることのなかった尊敬と信頼、2人だけの濃密な思い出が綴られている。

 北川さんは、高校3年の冬、愛知県立芸大の試験会場で、小川さんと出会ったのが最初だったという。北川さんの文章では、奈良美智さんを含め、芸大寮を通じて広がった交友が青春の煌めきのように紹介されている。

 北川さんは、最後に、「友人として誇りに思うのは、彼が最後まで生きる意味を問いながら制作を進めていたことです。作品をご覧になれば、それを感じて頂けると思います。本展の開催を機に、小川淳の作品が多くの人の目に留まり、彼の評価が高まることを切に願っています」と文章を締め括っている。

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