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73 中田ナオト 松藤孝一 瀬戸市新世紀工芸館(愛知県)で6月25日-9月19日

愛知県瀬戸市新世紀工芸館 2022年6月25日~ 9月19日

73 中田ナオト 松藤孝一

 ともに1973年生まれの作家による2人展である。

 中田ナオトさんは陶、松藤孝一さんはガラスを主たる素材に制作しているが、生みだされる作品を見ると、アーティストと言った方がいい存在である。

 2人とも、愛知県陶磁美術館(瀬戸市)で2022年7月16日〜10月2日の日程で開かれている「特別展 ホモ・ファーベルの断片 ―人とものづくりの未来―」にも出品している。

 それぞれ陶、ガラスという工芸的な素材を丹念に扱いながら、つまり、それらの素材の特性を生かしながら、工芸の枠組みを超えた表現である。

 陶やガラス素材の扱いの程度は、作品によって異なるが、際立つのは、ほかの素材、既成の「物」も難なく使いこなすハイブリッド性である。

 素材に基づく造形プロセスよりは、コンセプトと素材の特質の効果、他の素材との組み合わせによって、ナラティブな意味作用を駆動させている。

中田ナオト

中田ナオト

 中田ナオトさんは愛知県出身。名古屋芸術大学美術学部デザイン科卒業、 多摩美術大学大学院修士課程美術研究科修了。現在は、名古屋芸術大学准教授。東京、愛知を拠点に制作している。

 中田さんは、日常的な事物、経験、感覚を、陶やレンガなどの素材への直接的な置き換えや、ひねりやずらしを加えた造形によって作品化し、異化作用を生みだす。

 具象的、日常的でありながら、作者の記憶、時代感覚、日々の思いや想像力が自在に練り込まれている作品は、ストレートな表現ではなく、むしろ意表を突く。

中田ナオト

 ある種の飛躍といってもいいが、その感覚を楽しませてくれるのが、中田さんの作品だともいえる。

 根っこには、日常世界への優しい眼差し、発見、ユーモアと遊び心があり、過去と現在、未来を行き来しながら、ひらめきと連想、空想によって、世界の豊かさに気づかせてくれる。

 一階に配された3点の作品は、ポップな印象である。日常的なものをリアルなスケールで再現しているが、陶でつくったハードル、レンガの模様などに、子供の頃の記憶や、人生で体験する思いの断片が重ねられている。

中田ナオト

 二階の空間には、映画のシーンをモチーフにしたインスタレーション、見立てによる作品などがある。作品はいつもどおり多彩。クスッとしてしまう表現、注意しないと見逃してしまう場所への配置など、楽しい展示である。

 今回は、街の光景からイメージを連鎖させた映像、写真も出品されている。

 筆者が最も惹かれた作品は、床に置かれた「Melt Down-山になる-」。瀬戸の数種の原土の粒子をまざまな温度で焼成し、地層のようにガラス瓶に詰めた後で再度焼いている。溶けて山になるというタイトルが逆説的である。

中田ナオト

 焼かれて変形したガラス瓶が妙に色っぽく、内部に原土の混ざった複雑さを内包している。

 作品の構成要素、作為と不作為の偶然性によって、ひっそりと自己言及的に「やきもの」を物語っているところがいい。

松藤孝一

 松藤孝一さんは長崎県生まれ。1995年、愛知教育大学卒業後、ポーラ美術振興財団の在外研修助成で渡米した。富山と名古屋を拠点に活動している。

 2001年、イリノイ州立大学美術学部修士課程を修了。ガラスを主素材に、自然物、昆虫標本、古物なども用い、人類と自然の関わり、文明、宇宙や世界への想像力から、祈りにも似た精神的な作品を展開している。

 光と影、生と死が意識される静謐な作品である。

松藤孝一

 一階には、代表作「世界の終わりの始まり」の連作から、「僕らは昔、美しいガスだった。」が展示されている。

 暗闇の中に古いたんすがいくつも置かれ、所々のひきだしから光が漏れている。その中にあるのは、ギフチョウ、鉱物の標本、ラジオメーター、プラズマである。

 さまざまな時間が混在するような宇宙のような空間。

松藤孝一

 点在する光をのぞきこんで見えるギフチョウ、鉱物の標本、ラジオメーター、プラズマから、宇宙と自然、人間、文明の象徴的関係が見てとれる。 

 神秘的な宇宙、いのちと人間の創造力、そして愚かさ。時間が交差する空間で、人間をとりまく深遠さが開示されている。

松藤孝一

 壁にリズムを刻むように4つが据えられた作品「影と光の空」は、とても美しく、優しく心に響いてくる作品である。

 古い厨子とその影、それらと相似形をなす青い光を投げかけるステンドグラス。祈りの対象を納める厨子と、光、影の揺らぎのようなはかなさで構成され、それは、あたかも世界のメタファーのようである。

 テーブルにウルトラマリンブルーガラスの聖人マキシミリアノ・コルベ神父像が置かれた作品も静かに訴えてくる。瀬戸で戦後に生産されたコルベ神父のノベルティが基になっている。

松藤孝一

 コルベ神父は、第二次世界大戦中、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で餓死刑に選ばれた男性の身代わりとなり、のちに列聖された人である。テーブルに置かれた紙には「愛」とある。

 この作品は、愛知県陶磁美術館の「特別展 ホモ・ファーベルの断片 」での松藤さんの作品とつながっている。ぜひ、そちらも見てほしい。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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