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森北伸 Half Moon ケンジタキギャラリー(名古屋)で2023年2月18日-3月25日

ケンジタキギャラリー(名古屋) 2023年2月18日〜3月25日

森北伸

 森北伸さんは1969年、愛知県生まれ。1992年、愛知県立芸術大学美術学部美術科彫刻専攻卒業。岐阜県多治見市在住。

 筆者は、1990年代後半以降、かつて名古屋にあった画廊、白土舎での個展を中心に作品を見てきた。

 名古屋市美術館や豊田市美術館、愛知県美術館などのグループ展にも参加。2016年の「あいちトリエンナーレ2016 : 虹のキャラヴァンサライ」にも出品した。

森北伸

 2017-2018年には、十和田市現代美術館で個展「遠くからでも見える人 – 森北 伸 絵画と彫刻」を開いた。2020年、彫刻家土屋公雄さんの愛知県立芸術大学退任記念の企画として開かれた2人展「月と家」に森北さんも参加した。

 1990年代後半から2000年代初めごろ頃にかけて、森北さんは、分かりやすいかたちで、人や家の形をモチーフに彫刻/立体を制作していた。

 当時から、森北さんは、輪郭の明確な強い形よりは、表面があいまいな、ときに溶けかけたような素材感を出した彫刻を制作していた。素材の多様な質感は、この頃から続いている。

森北伸

 人の形が家の周りや空間を漂うような、浮遊感も特徴であった。体が細長く伸びたり、変形して翼や舟のような別の機能をもったりして、そこには、変容、異形性、存在の不安定さが現れた。

 人間の原始性なのか、あるいは進化なのか、その両義的な姿によって、人間の根源的な在り方、文明や世界、宇宙と関わる人間の姿が思索されていた。

森北伸

 もっとも、森北さんの作品では、そうした形、図式化、意味のあり方が指摘されながら、特定の意味に回収されない自由さがあり、その分からなさは、おかしみを伴っている。

 ある時から、森北さんは、彫刻と絵画を併行して制作するようになった。双方は、同じ主題をめぐって制作されている。

 同時に、彫刻と絵画をその形式において突き詰めるというよりは、緩やかに結びつける感覚があって、絵画が、画架のような台に載せられて壁にさりげなく寄りかけられることもあった。

森北伸

Half Moon ケンジタキギャラリー 2023年

 森北さんの作品は、人間の形のパーツらしき線や形からできている。それは、森北さんの作品で、人間の形がそのまま使っていたときと比べると、それが解体されたパーツ、あるいは、その再構成といってもいいものである。

 近年の作品では、抽象化が進んでいる作品も多く、彫刻も絵画も、それ自体として、意味内容を超えた存在感がある。 

森北伸

 人間の形の一部、変形したパーツと思われるものが含まれているが、それとすぐに分かるものは今では少ない。むしろ、いかにも構成された抽象絵画、抽象彫刻のようなたたずまいさえ見せている作品さえある。

 人の形という根源的なモチーフは基本的に今も変わらない。それらは、どっしりと安定するのではなく、ときに分離され、ときに変容し、この世界の中にある。

 それらは計画されたものというより、制作の中で探りながら生まれてくるようだ。中には、それがやじろべえのように危うい均衡とともにつくられ、空間との距離を探っているものもある。

森北伸

 同時に、森北さんの作品では、表面への意識が見られる。例えば、鉄を素材とした彫刻では、アクリル系のメディウムや塗料を使って、表面を黒く、質感を豊かにしている。

 緑青に覆われた銅や、蜜蝋を塗った鉄など、金属や木の表面の質感を変化させている。形だけでなく、表面への感覚も繊細である。

 森北さんの作品は、その制作過程、存在のあり方において、過渡的な印象を与える。自由さと言ってもいい。その場にあるものを使い、そこで起きたことを生かす。動き、うつろう印象がある。

森北伸

 完成したスタティックなものではなく、かといって、ダイナミックでもなく、弱く、エフェメラルな存在である。

 こうした弱い、揺れる、変化することのへの感性を、筆者は、森北さんの作品のとても大事な要素だと見ている。

 作りながら、いろいろな素材と向き合って方向を決めることもあるのだろう。意味を行き来しながら、進むのだろう。彫刻、絵画、もっと言えば、美術という分野、そのためのルールというものからも自由である。

森北伸

 だから、画廊の備品のテーブルも台座に使う。古い時代のものを含め、ドローイングをコラージュした作品では、フレームに、カラフルな木材を組み合わせている。なにげない発想、自分が生きていることの感性を大事にしているように思える。

 森北さんの作品は、部分をとっても、それが何に見えるのか、前後関係はどうなのか、平面なのか、奥行きのあるものなのかなど、とてもあいまいである。あえてそうしているようにも思える。

 穴のように見える形は、微妙な陰影をもっていて、球体にも見える。どこか別の空間への出入り口なのか、単なる幾何学的な形なのかも判然としない。

森北伸

 舟の形なのか、あるいは、三日月なのか、分からない形もある。舟は、水上を旅する道具で、魂の旅を想起させる。月は地球から見えるが、同時に実際には手の届かないもので、その形は、天体の位置関係で変わる相対的なものである。

 こうした影のような不確かさ、あやふやさは、森北さんの作品に共通している。意味を遠ざけるように、満たしすぎないで、ゆらゆらと動く。

 だから、森北さんの作品に、やじろうべえのような形が現れるのは分かる。

森北伸

 人の形が解体されて、ばらばらになったような存在の希薄さ、線の細さ、融通無碍とした自在さ、うつろいやすさ、はかなげな軽やかさ。

 空間を探り、「今」を超えて、過去や未来、異次元に向かおうとしているようでさえある。は、森北さんの作品によく見られる印象だ。

 実際のところ、作品の部分と部分の関係も、固定されずに、上に載っているだけ、差し込まれているだけというような、あいまいさを残している。

森北伸

 人間の形と幾何学、空間と異次元性、有機的なものと無機的なもの、宇宙や星、月や太陽などの天体、あるいは舟や翼などのイメージ‥‥。そうしたものから、筆者は、古代の人たちが抱いていた人間と宇宙の関係のような原初的な世界観を想起する。

 軽やかでありながら、そこには、人間とその変容、宇宙と文明、古代から未来への時間への思索が、神話的といってもいいような世界として表されている。  

森北伸

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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