ギャラリーA・C・S(名古屋) 2025年8月16〜30日
市橋安治
市橋安治さんは1948年、岐阜県羽島市生まれ。名古屋市を拠点に活動した画家、版画家である。
2008年以降、妻でA・C・S画廊主の佐藤文子さんが市橋さんの誕生日である8月20日に近いお盆の時期に市橋さんの個展を組んでいた。
2019年6月に市橋さんが亡くなった後は、追悼展として継続している。主に年代ごとの回顧展シリーズのかたちをとっている。
このWEBサイトでは、2019年以降のA・C・Sでの市橋さんの全展覧会のレビューを以下の通り掲載している。

・2019年個展「市橋安治 初期の版画 1973〜76 市橋さんを偲んで」
・2020年個展「市橋安治展 ギャラリーA・C・S 没後1年・生誕72年〜銅版画、ドローイング&油彩〜」
・2021年個展「市橋安治展 没後2年・生誕73年 A・C・S(名古屋)で8月28日まで」
・2022年個展「市橋安治展 没後3年-2000年代の表現-A・C・S(名古屋)で8月20日-9月3日」
・2023年個展「市橋安治展 没後4年 A・C・S(名古屋)で2023年8月19日-9月2日に開催」
・2024年個展「市橋安治展 - 没後5年 - ギャラリーA・C・S(名古屋)で2024年6月15-29日に開催」

宗達・ピカソへのオマージュ 2025年
今回は、亡くなる直前の時期に当たる2013年から2018年の油絵を展示している。
A・C・Sが発行する「ラ ビスタ」によると、2012年2月、市橋さんは肺がんで余命半年の宣告を受けた。抗がん剤は不適合で、放射線治療のみを続けた。
体調が回復するのを待って、2013年にA・C・Sで、2014年に東京の中和ギャラリーで復帰展を開催。差し迫った死を意識しながら制作に向き合い、「曼荼羅」シリーズを発表した。
以後は、体力の衰えもあって、版画は作らず、亡くなるまで油彩画のみを描いた。

今回の展示のメインとなるひとつは、1組の「白象図」(2016年)で、京都・養源院にある俵屋宗達「白象図」へのオマージュになっている。
宗達の絵の大胆な構図、シンプルな線による形象を借りながら、いくらか余白を残している宗達の作品以上に、市橋さんの白象は肉感、重量感をそなえ、どこか不敵なほどに生命力が宿っている。動きそうな気配である。

市橋さんは油絵では、2000年代以降、支持体に粗麻(精製してない麻糸)を使うようになったが、この作品も粗麻に油絵具をしっかりと塗っている。
茶色の地の上に白色を厚塗りしているが、下層から見える茶色の線や、粗い筆触、塗り残しによる効果をうまく使っている。
やはり、粗麻に油絵具で描いた「ゲルニカの馬」(2018年)はピカソへのオマージュである。

黒地に白のレイヤーを重ね、黒い線でイメージを浮かび上がらせている。ピカソの「ゲルニカ」の中央部分にある、槍で貫かれて頭を突き出した馬の姿を巧みに抽出している。
重厚で、カチッとしたピカソの「ゲルニカ」のイメージを部分的に抜き出し、市橋さんらしい、機知に富んだ作品にしている。
これらの他に、愛犬や、椅子など、日常空間にある具象的なものをモチーフに時折、ユーモアも交えながら描いた作品群が展示してある。
市橋さんが教えていた絵画教室で使われた画板を支持体にした作品も出品されている。

亡くなる直前まで、自らのいのちを制作に傾けてきたことが分かる展観である。
佐藤さんの言葉を借りれば、市橋さんは「描きたいモノを描きたいように描く」ことに専念してきた。
自分のささやかな生を愛おしみ、それを拠り所に、自分自身の周りの事物に優しい目を向けて、自分の見たもの、自分の感じたものを素直に表出したからこそ滲み出る、いのちの痕跡がそこに息づいている。