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坂上しのぶ著「前衛陶芸の時代 林康夫という生き方」刊行

前衛陶芸の時代 林康夫という生き方

 美術史家の坂上しのぶさんが、戦争体験をへて戦後混乱期の京都で新しいかたちを追究した陶芸家、林康夫さんの激動の人生を回顧した「前衛陶芸の時代 林康夫という生き方」を自費出版した。

 緻密な記述と匂い立つような場面描写に惹きつけられる。全体は、「第一章 戦争前」「第二章 戦後」の2部構成。第一章は1〜11節、第二章は12〜45節で、あとがきが続く。

 坂上さんは京都の現代美術画廊・ギャラリー16に勤務していたころから、戦後京都の前衛美術運動の歴史調査を続けてきた。陶芸が専門ではないが、今回の執筆の経緯については、あとがきに詳しく書かれている。

 林康夫さんは昭和3(1928)年生まれ。軍国少年として育ち、15歳で予科練に入隊。神風特攻隊として死を間近にしながら、出撃直前、終戦を迎えた。

 戦後間もない1945-1950年代前半頃は、記憶の襞に分け入るように、京都の革新的な美術状況が、林康夫さんを軸にしながら、いけばなや絵画などジャンルを超えて面として展開する。

 とりわけ、昭和22(1947)年の四耕会結成と、第二回四耕会展(1948年)への日本初のオブジェ陶『雲』(京都国立近代美術館蔵)の出品、前衛いけばなとの関係、女性をモチーフにした抽象のオブジェ『無題(ハイヒール)』(1950年、京都国立近代美術館蔵)の制作・出品などの箇所は、興味深い。

 そして、20ページが割かれ、熱く記述されるのが、41節「四耕会が消される—錯誤の歴史記述」である。

 走泥社・八木一夫の『ザムザ氏の散歩』(1954年)が日本で最初のオブジェ陶芸とされ、歴史化、神話化されていく誤謬の歴史がなぜまかり通ったのかを詳述している。

 林さんの『雲』『無題(ハイヒール)』や四耕会の活動が抹殺され、あぶくのような、いいかげんな言説によって歴史が歪められてきた。

 坂上さんは、ある著名評論家が、前衛陶芸を「泥遊びをする子供のようにとらわれない無垢な精神をもって」「土をとりあげ、こねまわしてそれに自由な形を与えた」と表現したような、思いつきの言説に厳しく対峙している。

 冷静な記述からは、間違った権威や、それを追随するだけの研究者たちへの静かな怒りさえ感じられる。

 そうして、坂上さんは、日本で陶の抽象表現(オブジェ焼)が発表されたのは、『ザムザ氏の散歩』(1954年)でなく、その6年前の1948年の林さんの『雲』であると明言する。

 この本の狙いは、軍国少年をへて、戦後、焼け野原から、因襲を打破すべく、いけばなや絵画などの作家たちと刺激し合いながら、新しいかたちを求めて格闘した林さんの歩みを確かに刻むことである。

 A5判、285ページ、2000円(税別)。

 購入などについては、こちらから。

林 康夫

1928年 京都市東山区生まれ。
1940年 京都市美術工芸学校(現・京都市立銅駝美術工芸高校)絵画科入学。
1943年 第二次世界大戦により海軍航空隊に入隊。
1945年 敗戦。京都市立美術専門学校(現・京都市立芸術大学)に編入学。日本画を学ぶが中退。
1946年 父の陶業再開とともに家業を手伝う。
1947年 四耕会結成に参加。
1950年 現代日本陶芸展 パリ、チェルヌスキー美術館(フランス)
1972年 第30回フアエンツア国際陶芸展 グランプリ受賞(イタリア)
1973年 カルガリー国際陶芸展 グランプリ受賞(カナダ)
1974年 第4回バロリス国際陶芸展 グランプリ、ド・ヌール受賞(フランス)
1987年 第1回オビドス・ビエンナーレ グランプリ受賞(ポルトガル)

 以降、現在まで第一線で活躍。京都市文化功労者。

坂上しのぶ

 坂上しのぶさんさんは美術史家。1971年、東京都生まれ。1997年、京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。第二次世界大戦前後の京都における前衛美術運動の歴史調査を専門としている。

 論文、著書に「彦坂尚嘉 1972年 京都における3つのイベント」「四耕会 1947年—1956年頃 前衛陶芸発生のころ」「80年代考」など。

 2014年には、京都の前衛美術画廊・ギャラリー16の50年間の展覧会記録と戦後美術の流れをまとめた「50 years of galerie 16」を編集。2017年、米国人アーティスト James Lee Byarsの日本での日々をまとめた「James Lee Byars: Days in Japan」(英文 Floating World Editions)、2020年、「刹那の美 James Lee Byars」(青幻舎)刊行。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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