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モダンクラフトクロニクル 京都国立近代美術館 7月9日- 8月22日

ピーター・ヴォーコス《 陶彫 》 1963 年 © The Pier Voulkos and Daniel Peters Trust 京都国立近代美術館蔵

モダンクラフトクロニクル
2021年7月9日- 8月22日

 京都国立近代美術館で2021年7月9日〜8月22日、「モダンクラフトクロニクル―京都国立近代美術館コレクションより―」が開催される。 

 1963年に開館した京都国立近代美術館は活動の柱の一つに工芸を置き、国内有数の工芸コレクションを形成。加えて、「現代の陶芸―アメリカ・カナダ・メキシコと日本」「今日の造形〈織〉-ヨーロッパと日本―」など、折に触れ、海外の工芸表現を紹介してきた。 

 本展では、京都国立近代美術館のコレクションを用いて、これまでの展覧会活動の一端を振り返るとともに近代工芸の展開を紹介する。 

林康夫 《 Untitled 》 1950 年 京都国立近代美術館蔵

本展の4つのみどころ

1.明治の超絶技巧から創造性あふれる現代工芸まで、同館の収蔵品を通じて近現代工芸の大きな流れを体感できる。

2.第1章では、日本の工芸史に大きな影響を与えた重要な国際展の出品作から海外作家の作品70点を展覧会ポスターとともに紹介する。

3.305点(国内作家231点、海外作家74点)にも及ぶ膨大な名品・優品を一堂に紹介する。 会期中、一部展示替えあり。

4.展覧会に合わせて同館所蔵の全工芸作品を網羅した所蔵品目録 「京都国立近代美術館所蔵品目録 XIII[工芸]」 を発売する。同館1Fミュージアムショップと通販で購入できる。

 陶芸/染織/漆工/木竹工/金工/ガラス/ジュエリー/人形・その他の工芸/ 工業デザインと世界の工芸を総覧する1冊。440頁で3,335点(754作家)を収録。3,900 円(税込)。

会期・観覧料

会  期:2021年7月9日- 8月22日(前期7月9日-8月1日/ 後期8月3日-8月22日)
開館時間: 午前9時30分-午後5時(金・土曜日は午後8時まで)
入館は閉館の 30 分前まで
休 館 日: 月曜日、8月10日(火)、ただし8月9日(月・休)は開館
観 覧 料:一般:1,200 円/大学生:500 円

展示内容

第1章 世界と出会う 起点としての京都国立近代美術館

マグダレーナ・アバカノヴィッチ
《 黒い上衣 V 》 1974 年 京都国立近代美術館蔵

 同館が国際的な視野で企画した展覧会は、同時代の世界の工芸表現の動向を紹介することで日本の美術・工芸界に大きな影響を与えた。これらの作品は、歴史的な重要性があるのみならず、今日なお造形的な興味をかき立てる。ここでは、「世界と出会う」と題し、同館で開催した代表的な国際展の中から、展覧会ポスターとともに出品作を紹介する。

第2章 四耕会、走泥社からクレイ・ワーク、ファイバー・ワークへ

八木一夫《 距離 》 1974 年 京都国立近代美術館蔵

 第二次世界大戦後、京都は、1947年に「四耕会」、翌1950年に「走泥社」が結成されるなど、前衛陶芸の中心地となった。四耕会、走泥社が特筆されるのは、オブジェと称される実用性を排した陶芸表現を追求し、世間に認知させたこと。以後、素材や技法そのものの中から表現行為のありようを探求する作家が登場した。それらの表現は、陶芸では「クレイ・ワーク」、染織分野では「ファイバー・ワーク」と呼ばれた。

堀内紀子
《 浮上する立方体の内包する空気 》 1977 年 京都国立近代美術館蔵

第3章 「美術」としての工芸  第8回帝展前後から現在まで

 1907年の第1回文部省美術展覧会は日本画と洋画が対象で工芸は除外された。こうした中、工芸家はそれぞれに創作性と作家性を検証。1926 年、高村豊周や豊田勝秋などの金工家を中心に「无型むけい」を結成し、全国の気鋭の工芸家らが集まって「日本工芸美術会」もつくられた。ようやく1927年、工芸は第8回帝国美術展覧会に加えられたが、「美術」としての工芸が自己表現と鑑賞性を目指すという姿勢は今日まで引き継がれている。

第4章 古典の発見と伝統の創出

加藤土師萌
《 萌黄金襴手菊文蓋付大飾壺 》 1968 年 京都国立近代美術館蔵

 伝統を現在の視座によって捉え直そうとした作家たちは、桃山時代の茶陶、朝鮮半島の楽浪漆器や、正倉院宝物、高麗青磁、唐三彩などを対象に研究を深め、創作活動を展開した。主な発表の場は日本伝統工芸展で、その代表に重要無形文化財保持者(人間国宝)がいる。大正末から始まった民藝運動も、無名の工人たちによる日常の雑器を風土性を有した古典と位置づけた近代の工芸運動である。

第5章 新興工芸の萌芽 自己表現としての工芸

バーナード・リーチ
《 楽焼大皿「兎」 》 1920 年
© The Bernard Leach Family, DACS & JASPAR 2021 E4220
京都国立近代美術館蔵

 重要無形文化財保持者となる金工家の高村豊周は、明治末から大正初期を回想する中で、 新興工芸の恩人として、富本憲吉、藤井達吉、津田青楓の名前を挙げている。前例にとらわれず、自己の感性に素直に従った制作態度は、この時期に活躍を始めた作家に共通していた。後に世界的巨匠となったバーナード・リーチは1909年に来日し、富本や白樺派のメンバーと交流。黒田清輝らの支援を受け、エッチングや陶芸作品を作った。

藤井達吉
《 棕櫚図屏風 》 1916 年頃 京都国立近代美術館蔵

第6章 図案の近代化 浅井忠と神坂雪佳を中心に

 1900年のパリ万博を視察した洋画家、浅井忠はジャポニズムとして欧米で評価を得ていた日本の工芸を旧態依然であると批判。帰国後、フランスで出会った中澤岩太の誘いを受け、京都高等工業学校(現・京都工芸繊維大学)の教授として工芸図案を担当した。神坂雪佳らと図案研究団体の遊陶園や京漆園を結成。神坂は浅井没後、より日本的で洗練された美意識を打ちだし、京都の工芸界を牽引した。

第7章 手わざの行方

 明治工芸は近年、「超絶技巧」というキャッチコピーで語られ、人気が高まっている。研究が進む中、長年、顧みられることがなかった装飾過剰、技巧主義の明治工芸が、前代からの技術体系の継続性を持ち、作者自らが海外からの最新の情報、技術によって、技巧それ自体の視覚化に向け改良していったことが判明。前近代と近代をつなぐ重要な存在として美術史に位置づけられるようになった 。

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