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「ニューヨーク公共図書館」が好評 名古屋で8月3日から再映も

 ドキュメンタリー映画の巨匠、米国のフレデリック・ワイズマン監督の新作「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」が、名古屋・今池の名古屋シネマテークで公開され、多くの観客を集めている。2019年7月19日までで、8月3日からアンコール上映となる。写真は全て、© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
 ニューヨーク公共図書館(以下、NYPL)は、世界中の図書館員の憧れの的で、NY有数の観光スポットでもある知の殿堂。本館(人文社会科学図書館)、舞台芸術図書館、黒人文化研究図書館、科学産業ビジネス図書館という4つの研究図書館と、88の分館を合わせ、92の図書館のネットワークによって市民に密着した活動を展開している。
 あらゆる民族、人種、階層の人たちが取り残されることがないように招き入れるソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の偉大な実験場でもある。休憩を挟んだ3時間25分の長尺ながら、全く飽きさせない。中日新聞(東京新聞)の匿名コラム「大波小波」にも、東京・岩波ホールに長蛇の列ができている、とあったが、筆者が訪れた休日の名古屋シネマテークも満員だった。
 いつもながら、ワイズマンの映画はナレーション抜きで、NYPLの様々な場面、空間にカメラが入り、淡々と日常の営みを映していく。多岐にわたる市民からの電話への応対、本の集配や管理、ゲストを招いてのトーク企画や演奏会、教育プログラムや障害者のためのサービス。エルヴィス・コステロや、パティ・スミス、リチャード・ドーキンス博士など著名な人たちも登場している。
 デジタル革命にどう対応するか、ベストセラーを購入するか、それとも、当面、読まれなくても後世に残すべき本を選ぶかなど、幹部職員の間で議論が展開。観客は、自分が透明人間になったかのように、普段入れないオフィスの裏側、会議の現場にまで入り、業務の現場、その生々しい会話をつぶさに観察することになる。ワイズマン監督の映画は、施設の中を移動しながら社会を構成する人間の営み、表情、会話、そして組織の動態を、生態学あるいは社会学のような冷静な眼差しで見せてくれる。社会施設などで働く人、集まる人々の営為、活動そのものを通じて社会システムと人間像、日常のドラマを高密度で描く。

 最も感動したのは、公共とは何か、民主主義は何を目指すべきかというテーマへの回答ともいえる場面だ。NYPLは、コミュニティーセンターの役割も果たし、トランプ大統領による米国社会の反動化が危惧される中、社会的弱者、移民、低所得者などに対する包摂の思想、民主主義と公共性の砦になっている。地域と密着した貧困地域、移民地区の分館などでのアウトリーチと社会的包摂の取り組みは、米国の懐の深いリベラルな姿そのものであり、情熱的な職員たちの進歩的知性が描く未来像は見る者に希望さえ与える。
 パンフレットのインタビューで、ワイズマン監督は「5歳児並みの語彙力と思考力をもったナルシストのトランプよりも、NYPLの方がアメリカを代表する存在としてはるかにふさわしい。トランプが破壊したいと考えている、アメリカの素晴らしい民主主義的伝統をNYPLは象徴しているんだ」と述べている。
 移民地域での住民対話、ネット環境がないIT弱者へのWi-Fi機器の貸し出し、消防署や医療センターなどの職員が業務を説明する就職支援の催事、子供達や教師への教育的な支援・配慮など、NYPLの活動はとても広く、それらの取り組みは、地域、教育、貧富、民族、人種、年齢、障害など多様性を極めるニューヨークの市民をあまねく意識して組み立てられている。ワイズマン監督が選んだ映像のモザイクを眺めると、社会が決して一様の抽象的なものでなく、社会の隅々で懸命に生きる多様な人間の息遣い、苦悩や日常の幸福感や怒り、悲哀で構成されるかけがえのないものだと見えてくる。NYPLの職員は、そうした多様な人々の可能性を未来の希望へと紡ぐ組織内の「アントレプレナー」であり、それによって市民の側も前向きに未来へと立ち向かう。

フレデリック・ワイズマン監督「ニューヨーク公共図書館エクス・リブリス」の一場面
© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

こうした社会的包摂の取り組みを実践しているのが、岐阜県可児市の市文化創造センター「アーラ」である。ここでは劇場を一部の演劇愛好者向けの芸術の殿堂でなく、全ての人や街に開かれた場にしようと、高齢者や子供、障害、貧困、教育水準、外国籍などによって排除することなく、全ての人の参加を進める。生活者や福祉の視点で多様な人々を繋ぐ方向、ケアと共生を企図する運営思想は、ワイズマン監督の描いたNYPLと通じる、というより、その優れた大規模な理想がNYPLだと言って過言でない。
筆者がワイズマン監督の存在を知ったのは、1997年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で、その後、1998年に愛知芸術文化センターなどで開催されたワイズマン監督の映画祭や、シネマテークの上映などで見る機会を得た。
ワイズマン監督は1930年生まれ。精神異常犯罪者の施設を撮影した67年にデビュー作「チチカット・フォーリーズ」を発表。2016年には、アカデミー名誉賞を受賞した。本作はワイズマン監督のドキュメンタリー映画41作目である。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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