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「ダンシングホームレス」名古屋シネマテークで4月4〜10日

 どん底生活を味わった路上生活経験者らのダンス集団「新人Hソケリッサ!」の姿を追ったドキュメンタリー映画「ダンシングホームレス」が2020年4月4〜10日、名古屋・今池の名古屋シネマテークで上映される。路上生活という経験から生み出される肉体表現は、切なくもユーモラスで、全てを削ぎ落とした人間の根源的な身体から生命を輝かせる。

 「新人Hソケリッサ!」は、2005年に結成されたコンテンポラリー ダンスグループ。路上での公演を中心に活動し、金沢21世紀美術館、山形トリエンナーレ等でも公演をした。国内にとどまらずリオ五輪プログラム「with one voice」や、英国でも公演を果たす。アーティストの寺尾紗穂や箕輪☆狂介(厚介)、現代美術家とのコラボレーションも多数。NEXTREAM21最優秀賞を受賞している。

 主宰するのは、チャットモンチーの「シャングリラ」やL’Arc-en-Cielの「STAY AWAY」をはじめ、数多くのMVやCMなどの振付けを手掛けるアオキ裕キさん。2001年の米ニューヨーク留学時に、9.11米同時多発テロに遭遇。帰国後にダンスとの向き合い方を見つめ直し、ビッグイッシューの協力によって、路上生活者やホームレス経験者とともに「新人Hソケリッサ!」を立ち上げた。

 普段、日常生活で目に留めることもない路上生活者。映画では、彼らが実名で登場し、日常を包み隠さず明かしていく。彼らの多くは、家庭内暴力や病気、社会的な挫折を体験し、疎外感に苛まれながら路上生活へと追いやられた。あらゆるものを捨ててきた人間の唯一残された原初の身体性から人間本来の生命力があふれ出す。

 監督・撮影の三浦渉さんは、1987年生まれ。日本大学芸術学部在学時に自らの祖母を描いたドキュメンタリー作品が、日本芸術センターや阿倍野映画祭、TVF2014など国内の各映画祭で受賞。大学卒業後は、CM制作会社にて50本近くのCMを制作した。2015年、東京ビデオセンターに参加。現在ディレクターとして、海外取材番組や短編ドラマ、CMを手掛けるなど幅広く活動する。本作が初の長編ドキュメンタリー映画作品。

 新宿で路上生活をする西。ダンサーを夢見たが、人間関係や借金問題に疲れ、ホームレスになった。一度は死も考えた西が「新人Hソケリッサ!」と出会う。そこには同じように、すべてから逃げてきた小磯、病を抱える横内、父親の暴力に苦悩した平川など、人生の辛酸をなめた仲間がいた。そんな彼らはみな明るく、どこかユーモラスだ。グループには、”人に危害を加えない”以外ルールはない。無断で休んでも構わない。アオキは言う「社会のルールがいいですか?」と。監督は新進気鋭のドキュメンタリスト・三浦渉。自らカメラを持ち、3年に渡り密着した。見つめ続けたその先に、想像もつかないラストが待っていた・・・。

 東京オリンピック直前のいま、強制的な追い出しや排除アートで居場所を失うホームレスの人権問題がクローズアップされている。一方、五輪開催都市で音楽やアートを通してホームレスと社会をつなぐ世界的な団体が、東京でも準備を始めている。ソケリッサの“生きる舞”は、排除の論理が広がるいまの日本社会に痛烈なメッセージを与える―。

(公式サイト)

作家・ヤサぐれ舞踊評論家の乗越たかおさんのコメントは次の通り。

 ホームレスがダンス、と聞いて、どんなものを思い浮かべるだろうか。
 少なくともバレエやヒップホップとは違うだろう……と思ったあなたは正しいが、同時に間違ってもいる。なぜなら「ダンスとはステップを覚えて正確に踊るもの」ばかりではないからだ。特にコンテンポラリー・ダンスといわれる広い世界の中で、そうしたダンスは一部に過ぎないのである。
 かつてプロのダンスとは、一部の訓練を受けたフィジカル・エリートのものだった。
 しかしコンテンポラリー・ダンスの時代になって「全ての身体は平等でユニークなものである」となった。技術を誇るのはスポーツでもできる。芸術としてのダンスは、その身体にしかない真実をこそ見せるべきだとされ、ダンスはすべての人に解放されたのである。プロのダンスの舞台の上に素人が並び立つこともあるし、ときには素人の予期せぬ動きの方が魅力的に映るときさえある。
 主宰のアオキ裕キがこの「新人Hソケリッサ」というダンスカンパニーでやろうとしているのは、まさにそれである。奇をてらっているのではなく、むしろコンテンポラリー・ダンスの根幹といっていい。アオキは一人のアーティストとして、ホームレスの身体に心底惚れ込んで取り組んでいるのだ。
よく「身体が硬い」などというが、地面の上に寝ている路上生活者の身体は、文字通り岩のようにバリバリに固まってしまっているという。こうした身体に着目したアーティストは、皆無ではないにせよ非常に珍しい。
 そしてその身体が持つ異様な存在感と迫力は、ぜひ本編で味わってほしい。
 アオキは純粋に「ホームレスの身体は面白いのだ」とブレることがない。社会の底辺とされる彼らに対して、ある種の畏敬の念すら感じる。だからこその心の交流が、この映画の見所といえる。

 映画が始まると、街中を彷徨うカメラは、地を這うような低さで移動する。街を足早に歩く人々を下から見上げるホームレスの視線である。2020年はオリンピックによる「浄化作戦」でまた彼らは追われてしまうかもしれない。だがアートの最も重要な使命のひとつは、「居場所ない人のための、最後の居場所であること」であるはずだ。アオキ裕キは、アートの使命の最も深い部分に立っており、この映画はその貴重な記録である。

(三浦渉監督提供)

 

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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