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勅使川原三郎版『羅生門』8月11日愛知県芸術劇場 見どころを詳報 

(C)Naoshi Hatori

ダンス公演 東京芸術劇場と名古屋・愛知県芸術劇場で世界初演

 小説家・芥川龍之介(1892年〜1927年)の代表作を原作として創作する新作のダンス公演「勅使川原三郎版『羅生門』」が2021年8月11日午後7時から、名古屋・栄の愛知県芸術劇場大ホール(愛知芸術文化センター)で上演される。

 8月6日から8日まで、東京芸術劇場プレイハウスでも上演がある。

 同劇場の芸術監督、勅使川原三郎さんが演出、構成、振付、照明、美術、音楽構成を担当し、ダンスも披露。ほかに、アーティスティック・コラボレーターを務める佐東利穂子さん、ハンブルク・バレエ団(ドイツ)で 20年以上のキャリアがあるアレクサンドル・リアブコさんが出演する。

 佐東さんは、勅使川原さんと共演を重ねながら、近年は、振付家としても活躍。リアブコさんは、優れた技術、演技力で長期にわたって、ダンスファン を魅了している。

 舞台は、飢饉、地震で荒廃した平安京の羅生門。職を失った男 が、死人の髪の毛を抜いてカツラを作る老女に出逢ったことから、自身の正義感とは裏腹に盗人になる決心をする。

 善と悪が交差する人物像は、現代の人間にも通じるテーマである。勅使川原さんは、この文学作品の言葉遣いに着目。「羅生門の鬼」の伝説を含ませながら創作する。

記者会見

アレクサンドル・リアブコ(ハンブルク・バレエ団) 勅使川原三郎
(C)Naoshi Hatori

 7月15日、同センターであった記者会見には、出演する勅使川原三郎さん、佐東利穂子さん、アレクサンドル・リアブコさんの 3人が登壇した。

 勅使川原さんは、平安時代の話である「羅生門」を神話になぞらえ、神話とは、単なるいにしえの物語ではなく、読み返した人間が生きる時代の姿を生き生きとつかみ取らせるものだと指摘。「死者と生者が区別なく放置された羅生門は、死と生のはざまのような悲惨な場所。それは私たちが共有する現代の混乱、困難そのものである」と述べた。

勅使川原三郎
(C)Naoshi Hatori

 その上で、「批判性、社会性を舞台にしたいわけではなく、危機と混乱の時代の現実から展望し、 そこから浮かび上がる人間の本質をダンスにしたい」と述べた。

 「小説の『羅生門』のあらすじをダンスに翻訳したいわけではない。この物語の始まる前、終わりの後に書かれていないことがあって、それがこの小説を成り立たせている。そこになぜ、ダンスをするのかという問い掛けがある」

 勅使河原さんは、『羅生門』の世界を現代と共振させる狙いを強調。その上で、「芸術的創作とは、あらすじをなぞることでも、了解したものを再確認することでもない。名付けられないものを表現すること、不確かことを確かにすることである」とも述べた。

アレクサンドル・リアブコ(ハンブルク・バレエ団)
(C)Naoshi Hatori

 リアブコさんは、「オファーはサプライズ。わくわく興奮する」と話し、佐東さんは リアブコ さんについて「真摯な人で信頼関係が生まれた」と付け加えた。

 リアブコさんによると、コロナ禍でのSkypeなどを使ったコミュニケーションで、皮膚の内側から外側に意識を向けるなど、勅使河原さんからビビッドなイメージを次々と与えられた。

 勅使川原さんは、リアブコさんについて「理解力がとても高く、空想ではなく、具体的なあり方としてのイメージを感じることができる」と高く評価。リアブコさんと佐東さんの共通点として「謙虚で、内面的な強さをもっている」とも語った。

佐東 利穂子
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見どころ

芥川による「羅生門」の文体が、ダンスとして立ち上がる─!

 近年、勅使川原さんは、作家、文学作品への興味を背景に、数々のダンス作品を発表している。たとえば、ドストエフスキーの傑作から想を得て2016年に創作した『白痴』は、2018 年にフランス・パリ、イタリア・フェラーラ、2019 年は英国ロンドン、ロシア・サンクトペテルブルク、2020 年には愛知での上演が実現、各地で高い評価を得た。

 このほか、ポーランドの作家ブルーノ・シュルツの諸作品、アルチュール・ランボー、スタニスラフ・レム、萩原朔太郎、中原中也、宮沢賢治など、内外のさまざまな作家の作品を題材とし、創作を重ねている。

 常に、その作品の独特の筆致、文体を、ダンスで表現することを目指す勅使川原さんが、今回、初めて挑む芥川作品にいかにアプローチしていくか、大いに注目される。

ダンスでなければ表現できない、新たな「羅生門」の誕生

 芥川の「羅生門」には、飢餓と疫病が蔓延する極めて生きにくい世界で、安らぎを失った人間の、極限の状態に置かれた時のふるまいが描かれている。

 そこに、コロナ禍に喘ぐ現代に通ずる真実を見出した勅使川原さんは、羅生門に棲むという鬼の存在に重きを置きながら、ダンスでこそ表現し得る独自の「羅生門」を打ち出すべく、構想を練った。

 捨てられた死体が重なる、忌まわしい空気に包まれた羅生門。そこで繰り広げられる人間の悪事と葛藤、その先に見えてくるものを、鋭く、かつ幻想的に描き出す、新たな「羅生門」が誕生する。

世界的スター・ダンサー、リアブコが勅使川原作品に初参加

 舞台では、勅使川原さんと、そのアーティスティック・コラボレーターとして活躍する佐東利穂子さんに加え、ゲスト・ダンサーのアレクサンドル・リアブコさんが重要な役割を担う。

 リアブコさんは、現代バレエの巨匠、ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ団のプリンシパルとして活躍、『椿姫』『ニジンスキー』をはじめ、数多くの作品で卓越した表現力を発揮し、世界を魅了しているダンサーである。

 勅使川原さんのメソッド、創作について「一から勉強したい」と、今回初挑戦となる勅使川原作品への意欲を見せているリアブコさん。6月末に来日し、2週間の隔離期間中にも作品に向けて準備を進めた。

 勅使川原さんも、「彼は、私のやり方についてよく理解し、新鮮な気持ちで向かい合おうとしてくれている」と、新たな出会いを楽しみにしている。

笙奏者、宮田まゆみとのコラボレーション

 音楽では、平安時代から継承された東洋の伝統的な楽器、笙の演奏が大きな役割を果たす。

 奏者は、国際的な活躍で知られる宮田まゆみさん。東京公演では、舞台上での生演奏が実現。宮田さんは2018 年5 月に初演された『調べ─笙とダンスによる─』で勅使川原さんとの初のコラボレーションに臨み、ダンスと絶妙に響き合う見事な演奏で強い印象を残した。

 今回も、笙の崇高な音色をもって、人々を「羅生門」の世界へといざなう。愛知では、録音での上演となる。

日 時・会 場・チケット

日  時:2021 年 8 月 11 日(水)19:00 開演(18: 15 開場)
会  場:愛知県芸術劇場大ホール
入場料金:全席指定 S 席 7,000 円、A 席 5,000 円、B 席 3,000 円、U25 は各半額

※U25 は公演日に 25 歳以下対象(要証明書)。
※未就学児入場不可。
※託児サービスの対象は満1歳以上の未就学児。料金は1人につき1,000円(税込) 。申し込み締め切りは8 月4日。問い合わせはオフィス・パレット株式会社 =☎0120-353-528(携帯からは 052-562-5005) 月~金 9:00~17:00、土 9:00~12:00(日・祝日は休業)
※車椅子席、団体割引(10人以上)は劇場事務局(☎052-971-5609 apat_info@aaf.or.jp)での取扱いとなる。

愛知県芸術劇場オンラインチケットサービス
○愛知芸術文化センタープレイガイド(地下 2 階)(平日 10:00~19:00) ☎052-972-0430※土日祝は 18:00 まで。月曜定休、祝休日の場合は翌平日。

勅使川原三郎さん コメント

 『羅生門』をダンス作品にしようという試みは、私の他の創作と同様、単に物語をダンスでなぞって見せようということではない。芥川の『羅生門』は、平安時代の飢餓、疫病の時代に、生きる術を失い、困り果て、もうこれ以上どうしようもないほどに切羽詰まった人間を描いている。

 多くの死体が横たわる羅生門の中にぽつんと生き残った人間が、行くところもなく雨の滴る音を聞いている。そんな時ですら、人間には欲があり、どこかに善悪の観念があり、そして裏切りがあり、葛藤があるということが面白く、また滑稽でもある。

 貧しさの、最低の状況にこそ、鮮明に見えてくる何かがある。私は、羅生門の「鬼伝説」に立ち返るとともに、芥川の筆跡、その文体を、ダンスとしてどう表すことができるか、探っていきたい。

あらすじ

 雷鳴がとどろき、激しい雨が降りしきる。
 捨てられた死体が重なる、禍々しい空気に満ちた羅生門。
 そこに、一人の下人が駆け込んでくる。下人の目が捉えたのは、横たわる女の死体から、髪の毛を一本、また一本と抜いている老婆の姿だ。
 抜いた髪の毛でかつらを作り、売るという老婆。その忌まわしい行為に強く嫌悪した下人は、老婆を殺し、着物を奪い逃げる。その悪事のすべてを見ていたのは、鬼だ。
 鬼は下人を逃さなかった。聞こえてくるのは、断末魔の恐怖の叫びか、恍惚の吐息か。羅生門の闇が、動き出し──、夜明けの冷たい光に溶けてゆく──。

プロフィール

勅使川原 三郎

勅使川原三郎(C)Hiroshi Noguchi(Flowers)
勅使川原三郎(C)Hiroshi Noguchi(Flowers)

 1981年から創作活動を開始。85年、KARAS 設立。以降、世界中の芸術祭や劇場から招聘を受け、公演。独自のダンスメソッドを基礎に美術と音楽を含めた稀有な才能によって、国内外で、バレエ団への振付、オペラ演出、映像製作など、常に芸術表現の可能性を広げる活動を展開している。
 2013年に活動拠点カラス・アパラタスを開設。20年から、愛知県芸術劇場芸術監督。2007年ベッシー賞、文化庁芸術選奨文部科学大臣賞、2009年紫綬褒章、2017年フランス芸術文化勲章 オフィシエほか、国内外の受賞多数。

佐東 利穂子

 1995年からKARAS ワークショップに参加。96年から、勅使川原振付の全グループ作品に出演。近年は、勅使川原のアーティスティッ ク・コラボレーターを務め、創作においても重要な役割を果たす。
 2019年から振付家としての創作も開始、欧州でも高い評価を得ている。2012年第40回レオニード・マシーン賞、2018年芸術選奨文部科学大臣賞ほか、受賞多数。

アレクサンドル・リアブコ(ハンブルク・バレエ団)

 ウクライナ生まれ。キエフ・バレエ学校、ハンブルク・バレエ学校を卒業、1996年にハンブルク・バレエ団に入団、2001年にプリンシパルに昇進した。
 正統派のクラシックの技術に加え、優れた演技力を誇り、ジョン・ノイマイヤーによる『椿姫』『ニジンスキー』 をはじめとする数々の作品で、役柄が憑依したかのような迫力ある 演技で客席を魅了する。
 レゼトワール・ド・バレエ 2000 ダンス・アワード、2014年ローマ賞、2016年ブノワ賞受賞。

宮田まゆみ(笙演奏)

 東洋の伝統楽器『笙(しょう)』を国際的に広めた第一人者。国立音楽大学ピアノ科卒業後、雅楽を学ぶ。1983年より笙のリサイタルを行って注目を集める。
 古典雅楽はもとより、武満徹、ジョン・ケージ、ヘルムート。ラッヘンマン、細川俊夫など現代作品の初演多数。また、国内外の主要音楽祭への参加、リサイタルと幅広く活躍し、「笙」の多彩な可能性を積極的に追求している。
 2016年松尾芸能賞・優秀賞、2017年芸術選奨文部科学大臣賞、2018年紫綬褒章。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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