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設楽陸個展 長者町コットンビル(名古屋)

長者町コットンビル (名古屋)  2021年9月18日~10月10日

設楽陸 / Riku Shitara

 設楽陸さんは1985年、愛知県生まれ。2008年、名古屋造形芸術大学美術学科総合造形コース卒業。

 近年の個展に、2019年の「INNER VISIONS ~絵の帝国~」 (マサヨシスズキギャラリー/愛知県岡崎市)がある。

 また、グループ展に、「ポジション2012」(名古屋市美術館)、「瀬戸現代美術展2019」( 旧産業技術総合研究所中部センター瀬戸サイト/愛知県瀬戸市)、2019年の「情の深みと浅さ」(ヤマザキマザック美術館/名古屋市)、「 VOCA展2021 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─」(上野の森美術館/東京都)などがある。

 設楽陸さんの作品は、「瀬戸現代美術展2019」や「情の深みと浅さ」、マサヨシスズキギャラリーの展示などで目にしてきたが、今回、初めて本人から作品の背景を取材できた。

2021年 Something great

設楽陸
something great

 小学生の頃、喘息、アトピーという持病で図書室にこもることが多く、親からゲームを禁止される中で妄想していた記憶が作品に反映されていることは知っていた。

 具体的には、テレビゲームのダンジョン構造やキャラクター、レゴブロックなどのイメージを取り入れながら、自身の内なる空間をエネルギッシュに出力したイメージである。

 横溢する原色のキャラクターやテレビゲームの世界観と幼少期の原体験が衝動的に絵画空間で交錯し、虚構と記憶がないまぜになって、ノスタルジーと呼ぶには過剰すぎる世界を提示していたともいえるだろう。

 今回もそうした延長上にあるが、情報過多の絵画空間が整理され、それぞれの作品のテーマが見る側に訴求しやすくなっている。そして、設楽さんのこれまでの題材に、生と死、人間存在という主題が加わっている。

設楽陸
Car racer

 設楽さんは、今回の個展に向け、1カ月でF6号の小品絵画100点を描くことを自分に課した。個展会場の入り口近くの壁面に圧倒的な存在感で展示されている。

 漫画やゲーム、アニメに登場しそうな爆弾がモチーフである。ステンシルで同じ輪郭の爆弾を繰り返しながらも、色彩や筆触、背景のバリエーションを1点1点描き分けているのが特長である。

 この爆弾は大作絵画にも頻出するなど、設楽さんの作品の重要なアイコンになっている趣である。

 設楽さんによると、この爆弾は、兵器としてのアイコンではなく、生命力、根源的なエネルギーの塊である。

設楽陸
Bicycle

 それは、今回の個展タイトルになっている《something great(大いなる何か)》と関わっている。《something great》は、科学で説明しきれない宇宙や生命をつかさどる人智を超えた存在で、神秘的、哲学的な言葉でもある。

 この爆弾は1つでも《something great》であり、全体でも《something great》である。ミクロとマクロの視点が行き来している世界観がここにはある。

 設楽さんは、2021年7月に亡くなられた父親の画家、設楽知昭さんの闘病期間において、宇宙や量子論、生と死、仏教などへの思索を深めた。

 設楽さんの制作については、父親との関係も影響している。父親が画家であったことから、自分は別の方へ進もうと、大学では当初、建築を学ぶが、馴染めなかった。

設楽陸
Life is a struggle

 学内で所属する科を移り、立体や映像を制作。その後、ドローイングに関心をもち、独学で絵画を描いてきた。

 その過程で、自らの表現のルーツである記憶、妄想が融合していったのが、設楽さんの作品世界である。

 それは、ゲームやレゴブロックなどの遊びの世界や、幼年期に過ごしたコミュニティー、架空の世界史、哲学、美術、さらには宇宙や神秘世界、仏教などへと広がり、仮想的な空間を生みだした。

 喘息、アトピーの苦しみの中で、自分をテレビゲームのダンジョン構造やレゴブロックの世界に憑依させ、それが単なる虚構でなく、現実空間とフラットなものとなったのである。

設楽陸
Painting projects for human

 設楽さんが絵画にしたいと考えたリアルな世界は、外界の風景や静物、日常ではなく、内なる世界の記憶、すなわち、遊び、喘息やアトピー、世界史だったということである。

 今回展示された大作では、そうしたプロセスを経て、レゴブロックの人形、コンクリートブロック、テレビゲームの地形や背景、世界史や仏教をモチーフに、微視的、巨視的なイメージが混淆した妄想世界を見せている。

 全体に情報が削ぎ落とされるとともに、単にテレビゲームの世界の反映から、記憶を掘り下げている印象が強い。それは、設楽さん自身が、自分をもう一度発見する旅でもある。

設楽陸
Let’s go nirvana

 《Car racer》や《Bicycle》は、レゴブロックの世界と、設楽さんが子供のころ、等身大に過ごした環境が重なり合わさったイメージになっている。

 《Life is a struggle》は、世界史が好きだった設楽さんにとってのヒーロー、ナポレオンと愛知県美術館収蔵のクリムト「人生は戦いなり(黄金の騎士)」が融合し、さらに、レゴブロック、ゲーム、子供時代を過ごした愛知県立芸大の官舎のイメージと、《something great》が1つの世界をつくっている。

 《Painting projects for human》は、「モナリザ」と、ゲームのスーパーマリオシリーズの世界、レゴブロック、素粒子のイメージを組み合わせている。

 筆者がとても興味深く思ったのが、《Let’s go nirvana》。

 ここでメインのモチーフとなっているのは、「VRお釈迦さま」。仏教の涅槃や空のイメージが背景にあるが、ブッダは現代的になって、バーチャル・ゴーグルを装着している。

 闘病していた父親を思う中で、仏教哲学、生と死、身体と物質、エネルギー、宇宙、量子論などへと関心を広げ、生まれたイメージである。

 「VRお釈迦さま」は瞑想しているイメージ。その頭の周りには、父親が長く勤務し、設楽さん自身も幼年期を過ごした愛知県立芸大のアイコンである官舎のコンクリートブロックが光背のように描かれ、宇宙空間には万物のエネルギーである《something great》が数多く浮かんでいる。

 ここには、たとえ肉体は滅んでも、父親は、違うかたちで存在し続けているのではないかという不生不死の本質も見て取れる。父親への深い尊敬と思慕の念が詰まった作品である。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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