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不見富嶽八景 ガルリラぺ(名古屋)で6月26日まで

ガルリラぺ(名古屋) 2021年6月12〜26日

不見富嶽八景 – Printmaking of Invisible Mount FUJI –

 見えない富士山をテーマにしたグループ展。2020年に開催する予定だったが、1年の延長を経て実現させた。版や写真などのPRINTSを共通項としている。

 出品者は8人。50音順で、阿部大介さん、梶浦みなみさん、倉地比沙支さん、園田加奈さん、藤田典子さん、前橋瞳さん、三宅由里子さん、山田純嗣さんである。

 企画者によると、葛飾北斎によって「富嶽三十六景」の初版が刊行されてから、今年で2世紀近くがたつ。愛知県からは、渥美半島など一部地域からしか富士山を見ることができないという中、あえて、「見えない富士山」をテーマに据えた。

 展覧会を記念し、不見富嶽八景の版画集を刊行している。

倉地比沙支 

倉地比沙支

 倉地比沙支さんは1961年、愛知県生まれ。愛知県立芸術大学大学院修了。

 倉地さんは、数年前から、故郷の愛知県扶桑町の土壌に根ざした平面作品「クリスピーグラウンド」の連作を展開する。表面が乾き、下層が湿潤であるというイメージによる作品である。

 詳細は、「倉地比沙支展 Crispy ground —伏流水—」を参照してほしいが、この連作では、乾いた砂地、あるいは豊かな水がモチーフになっている。

 今回の出品作では、大海を漂流している富士山のようなイメージである。閉塞感、不安感に包まれる現在の日本のメタファーといえるかもしれないが、山が瓦解することなく必死に荒波に耐える姿にも見える。

山田純嗣

山田純嗣

 山田純嗣さんは1974年、長野県飯田市生まれ。愛知県立芸術大学大学院美術研究科油画専攻修了、同科研修生油画専攻修了。

 室町末期16世紀中頃に描かれた重要文化財「日月山水図屏風」の中の山水の立体をつくって撮影。それをプリントした写真に、細密にドローイングをした銅版画を重ね、さらに樹脂やパールで加工した。

山田純嗣

 山田さんは、名画をモチーフに、空間構造を読み解く立体、写真、版画、描画というプロセスを経ることで、2次元/3次元、実体/イメージの関係にメスを入れ、絵画を問い直している。

 もう1つの作品は、赤富士として知られる北斎「富嶽三十六景」の「凱風快晴」がモチーフ。初摺と後摺の色合いの印象が異なることをヒントに、色のバリエーションをつくっている。

阿部大介

阿部大介

 阿部大介さんは1977年、京都府生まれ。愛知県立芸術大学大学院美術研究科修了。

 発泡バインダーで日常的な物を写し取る作品や、即興的な身体的図像をモチーフにした銅版画などで知られる。

 物の表面やイメージを他の素材に置き換えることで、時間性や記憶、痕跡を視覚化するとともに、転生、蘇生、反転など、生々しい変容の感覚を呼び覚ます。「内なる身体の形象 その変容の生々しさ Figure|阿部大介展」も参照。

 今回は、使い古され、無作為に置かれた吸い取り紙の陰影を俯瞰する山々や、生き物の表皮に見立て、モチーフにした。陰影のネガポジを反転させ、シルクスクリーンを制作。グレーの下地にシルバーのインクでプリントした。

園田加奈

園田加奈

 園田加奈さんは愛知県生まれ。海外での撮影、発表を経て、国内で生死のあわい、都市と自然の境界などをモチーフに制作・発表を続けている。2019年の「園田加奈写真展 ガルリ ラぺ still lives HAU.“這う”」も参照。

 園田さんの被写体の1つは、打ち捨てられ、凍土とともにある野菜や花。それらは妖しく朽ち、腐葉土となって新たな命を生みだす。グロテスクでありながら艶かしい姿はまさしく生と死のあわい、循環する時間の象徴である。

 うずたかく積まれた野菜や花の山は蠢くようにおどろおどろしく、闇が白み始める夜明け、湯気を上げて発酵している。

 園田さんは、暁の光を浴び、変容しながら生死のきわのオーラを放つこの野菜と花の山を富士山になぞらえた。

三宅由里子

三宅由里子

 三宅由里子さんは1977年、愛知県生まれ。愛知県立芸術大学美術学部デザイン科、同油画版画研究生を経て、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)メディア専攻修了。

 「富嶽三十六景」の波のイメージから、貝のイメージに連結。長期間生存する貝に「記憶装置」の役割を与え、そこに「エングラム(記憶痕跡)」を重ねて表現している。

 エングラムは「engrave」(刻む、彫る)からの造語であり、三宅さんは、そこに銅版画のエッチングと「記憶を刻む」という意味も重ねている。

 具体的には、3Dソフトでつくった貝のイメージを雁皮紙にデジタル出力。そこにエッチングを重ねるという手法である。貝のイメージに仮託しながら、自分の内側に蠢く異質なもの、その変化していく様相を表象させている。

梶浦みなみ

梶浦みなみ

 梶浦みなみさんは1988年、愛知県生まれ。名古屋造形大大学院、愛知県立芸術大学研究生を修了した。

 版画を制作していたようだが、2019年から写真を撮影するようになった。

 セルフポートレイト(自画像)は、痛みの自覚とそれを抱えている作家の自己受容になっているようだ。

 梶浦さんの原風景に遠くに霞んで見える山のシルエットがあった。今回はその山の中に足を踏み入れ、自らを撮影した。

藤田典子

藤田典子

 藤田典子さんは1988年、大阪府生まれ。愛知県在住。愛知県立芸術大学美術研究科博士後期課程油画版画領域修了(博士号取得)。

 2019年、羽衣伝説で知られる三保の松原に富士山を見にいった経験を基にした一版多色刷りのエッチングである。

 版の上で登山をするように、実際の等高線を参考に、麓から山頂に向けて点刻を進めて制作した。

 細密な点や線の集積によって、物質的な実体とともに視覚を奥へと誘うレイヤーを生みだされている。

前橋瞳

前橋瞳

 前橋瞳さんは1989年、愛知県生まれ。愛知県立芸術大学美術研究科(博士前期)油画・版画領域修了。

 セルフポートレイトを基にCGで加工し、別のイメージを合成した作品である。

 自分自身の写真、CGや複数のイメージを重ねることから、現実と虚構、主観と客観、具象と抽象、存在と非在をテーマとする。

 今回は、オンライン飲み会の本人と新幹線の窓から見える富士山が合成され、その不自然さの日常感、遠くて近い富士山が浮かび上がっている。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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