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大下百華—創作と工芸ジュエリーの仕事—展 A・C・S(名古屋)で2022年9月10-24日

ギャラリーA・C・S(名古屋) 2022年9月10〜24日

 大下百華さんは1971年生まれ。東京の創形美術学校を卒業し、石川県加賀市で制作している。

 長く木版画を制作してきたが、10年ほど前から、ドローイング、レリーフなども制作。5、6年前から絵画に力を入れている(本人は、『ドローイング』としているが、ミクストメディアによる絵画と言っていい作品である)。

 前回、2020年の個展も、ドローイング、木版画の展覧会という触れ込みだったが、実際には絵画が中心だった。

大下百華

 森、鳥、動物、植物、人物をモチーフにした作品は、どこかユーモラスで、あふれんばかりのエネルギーを発散していた。

 今回は、連作の版画集と絵画がメイン。ほかに、家業の漆芸工房が運営する蒔絵ジュエリーブランドの展示コーナーを設けている。

 前回同様、今回の作品も、生命力とプリミティブな力がみなぎっている。フォークアート風の装飾性、素朴性と、大胆なイメージ、豊かな色彩が特長。

大下百華

 自然の大きさと動植物のいのちの輝き、人間を含む生きているもののつながりを描いたファンタジーの世界である。

 そこにあるのは、生きとし生けるものへの尊厳、魂の交感である。大下さんにとって大切なのは、この世界のさまざまなものと支えあい、生きていることの喜びを感じ、他のいのち、そのつながりを愛することである。

 大地を歩くときの足の裏の感覚、体に降り注ぐ柔らかい太陽の光、体を包む風の涼しさ、植物が出す酸素を分け与えてもらうこと、自分を生かしてくれる心臓の鼓動と呼吸、美しいものを美しいと感じる感性・・・。

 そんな当たり前のことの素晴らしさに気づく日々の時間がある。 

大下百華

 前回同様、ワオキツネザル、テナガザル、バクや馬、鳥などの生き物がモチーフとなっている。人間が自然と同化したようなイメージ、太陽、光と一体になった形象も見える。

 筆者は、2020年も今回も、これらの作品に、現代の人々が失った内なるファンタジーを見る。

 装飾的で、ひもや植物、傘の生地などのコラージュも加えた画面は力強い。一方で、今回は、薄塗りで、優しい印象の作品も展示された。

 生気があふれ、いのちがそこにあることを気づかせてくれる絵画である。

大下百華

 今回の作品は、過去に大下さんの作品を見て、その世界観に触発された金沢市のライターが書いた物語から、大下さんがインスピレーションを受けて描いた。

 もともと、モチーフになっている動物やと鳥、人物のほかに、かけがえのない命の存在と精神の自由、太陽や光、風がイメージの源泉になっている。

 10点セットの版画集のタイトルは「アナザー・ファンタジー」である。

 生きる希望と他の命を思う祈りがファンタジーを生み、それが他者の内面で物語を紡ぐ。その言葉から想起される心象が新たなファンタジーとしての絵画をつくりだす・・・。自然といのち、人間精神を結ぶ円環がここにはある。

大下百華

 いのちの神秘と、すべてのものとのつながりを感じ、感謝すること、目の前にいる大切な人の光を見て、愛を与えること、精神を自由に飛翔させること。そんなメッセージが感じられる作品である。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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