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荻野佐和子展 ギャラリーA・C・S(名古屋)で2022年12月3-17日 

ギャラリーA・C・S(名古屋) 2022年12月3〜17日

荻野佐和子

 荻野佐和子さんは1961年、愛知県の奥三河、設楽町出身。現在の活動拠点はその南の新城市である。名古屋芸術大学で学び、リトグラフ、ドローイング、油彩画を制作している。

 A・C・Sなどの画廊で一貫した作品を発表。最近では、2020年に個展を開いている。モチーフは奥三河や、インドのダージリンの風景である。

 現実の風景をそのままなぞったイメージではない。自然の諸要素が溶け込んだような柔らかな色彩の、ほとんど抽象絵画といってもいい作品だが、本人は「抽象」という言葉で絵を語ることがない。

荻野佐和子

 宇宙全体のいのち、魂が分け隔てなく、一体化した世界と言えばいいだろうか。そのうつろいの中に、作家自身も見る人も包まれるような風景である。

 自分が世界に溶け込んでいく共生感。作品のそうした雰囲気は、作家自身の利他の精神にも通じる。荻野さんはNGOの活動でインドに関わってきた。

 訪れた高地、ダージリンの風景は故郷の奥三河と重なる。ともに荻野さんにとって大切なモチーフであり、自分という存在の帰る場所でもある。

 山並みのそこかしこに家が点在し、霧に包まれた中に茶畑が見える。生きることと自然、風景、精神性が分かち難く結び付いた世界である。

2022年 個展 ドローイング、リトグラフ、油彩画

荻野佐和子

 ドローイング16点、リトグラフ4点、油彩画5点という構成である。会場を巡ると、柔らかな黄色が際立つ。

 林業を営んでいた設楽町の実家に祖父が植えたイチョウ林があった。毎年11月ごろ、木々が黄色に染まり、落ちたイチョウの葉で地面も黄色で覆われる時期がある。

 誰も住まなくなった故郷に週1回ほど帰り、スケッチをした風景が基になっている。作品には、この世とは思えないほどの黄色の美しい世界に身を浸した体感がにじみ出ている。

荻野佐和子

 静寂の中、たたずみ、感覚を解放する。幼い頃の記憶がよみがえる。心と体が一つになった感覚の中にノスタルジーが広がり、実景と心象風景が重なってくる。

 思うに任せぬ人間社会、人をジャッジし、比べ、意味づけをし合う。不条理、分断に疲れ、傷ついても、この風景に包まれると、優しく、心穏やかで、自由、繊細な意識へと導かれる。

 風景の中にいると、他界した両親がふと、そこにいるような感覚になる。

荻野佐和子

 一週間ごとに帰ってくるたびに、自然の豊かさと、美しさ、ささやかな季節のうつろいが感じられる。荻野さんが描くのは、自分が今この瞬間にここに存在する感覚に他ならない。

 色彩は溶け込み、ほとんど輪郭がない。形、概念、意味に区切られないこの世界こそ、荻野さんが宇宙と一体になる感覚そのものではないか。

 それは、自然が抽象化されたものではなく、自然とともに存在する具体的な感覚である。宇宙の縁起として自分があって、たたずんでいる。

 自分を自分たらしめるものが、小さな体を超越して、大きないのちに融合している感覚。それによって手が動くのであって、アタマが手に指示をして描くのではない。

荻野佐和子

 遠方の山並み、イチョウや新緑の木々、斜面の茶畑、桜、川のせせらぎ、空、濃い霧……。形象がつながって、色彩はしみわたっている。

 溶け合うように、ものとものとの区別がなくなっていった、優しく柔らかく、不定形な世界。静かに流れていくような空間。

 穏やかで温かな空間、静寂、ゆったりとした時間。慰撫してくれるような懐かしさ、愛してくれた人々とのつながり、静かな笑顔、寛容で包み込むような優しさ。

 若い頃には気づかなかった、この故郷の美しさを荻野さんはダージリンの風景を体験することにによって再発見したのかもしれない。

荻野佐和子

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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