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ながくてアートフェスティバル 展覧会レビュー

2021年

愛知・長久手市文化の家、市内各所 2021年9月18日〜10月10日

 昨年は中止となったが、今年は、コロナが収束しない中、関係者の尽力で開催にこぎつけた。ただし、ワークショップやマーケットは中止で、展示が中心となる。

 会場は、長久手市内に散らばっているが、メイン会場の長久手市文化の家と、イオンモール長久手イオンホールしか行けなかった。作家の数が多く、見落としている作家もいる。ご容赦願うしかない。

山本富章—イオンホール

山本富章

 今回のアートフェスの最大の見どころである。開催は10月2、3日の2日間だけである。

 「ART TODAY 1997」(1997年、セゾン現代美術館)と、日本現代美術展—青い水面」(1997年、韓国国立現代美術館)に展示された長大な作品を「コ」の字形に再構成したインスタレーションである。

 タイトルは「2021NAFイオンホールのためのヴァリエーション(レクイエム)」。亡くなった人への思いを込めた「レクイエム」の副題がついているのが印象的である。

 いずれも、2003年の山本さんの大分市美術館での個展で、再構成されて展示されている。また、韓国で展示された作品は、プレビューとして、当時、名古屋にあったアキライケダギャラリーで展示された。

 筆者は、いずれも、大分やアキライケダで見ているが、それを組み合わせ、18m×16mの大空間に展開した大インスタレーションは見応え十分であった。

山本富章

山本富章

 近年手がけているレターコードシリーズで、愛知県碧南市の「HKNN」がモチーフである。

 なお、2021年6月にあった豊田市美術館ギャラリーでの山本富章展も参照。 

久野利博

 自分の身体を尺度として空間に関与したドキュメンテーション的な写真作品。自分自身の身体を場に配置し、空間のみならず、歴史への意識も込めている。

福岡栄

福岡栄

 床に置いた和紙の上で、 自分の影の後を歩きながら、 両手で持ったサイアノタイプの感光液を落とした痕跡である。

森正樹

森正樹

 宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に出てくる天気輪がモチーフである。

SABOKAN(福山環 崎久保愛)

SABOKAN(福山環 崎久保愛)

櫃田伸也

 外界を見ることをベースに、身の回りにある風景の断片を変換、構成した独自の絵画空間が息づいている。

櫃田珠実

櫃田珠美

 写真と絵画、具象と抽象、事実と虚構、そしてイメージとリアリティーをめぐるデジタルプリント作品である。

中谷ゆうこ

中谷ゆうこ

 今年は、大作の絵画にとても生々しい存在感があった。

中野優

中野優

 極めて平滑で艶かしい地を形象の断片が浮かびあがっては、スライドしていくような絵画である。

阿野義久

 多様な植物、名もなき存在の豊かさ、生命力に覆われた心象風景である。

浅田泰子

 和紙に描いた平面のイメージと陶の立体を鏡面を媒介につないだインスタレーション。

ニシダミホ

 骨董市で見つけた反古紙に書かれた文字の言霊をテーマとしたインスタレーションである。

鳥谷浩祐

 父親の故郷の海がモチーフ。記憶を基にさまざまな要素が混淆し再構築された波のイメージである。

降籏一成

奥田美樹

 植物をイメージした装飾的な絵画を配置しながら、絵画空間から実在空間への展開を試みている。

大石未貴

大石未貴

石掛延子

石掛延子

 オイルパステルによる色彩の重なりが美しい作品である。

寄川桂

福西広和

松山美恵

 小さなガラスをワイヤーでつないで展開したインスタレーション。

藤田雅也

尾関健治

 水に浮かんだ身体的なイメージの4枚組作品。

寺本実里

 限られた時間に即興的に描いたドローイングの中にも、わが子への優しいまなざしが伝わる。

降籏桜子

チェ・ユンジョン

 手びねりによる陶のオブジェ。社会的なメッセージを込めている。

澤村佳代子

 銅版画の中のモチーフと重なるイメージを銅板で立体にしている。

2020年

 コロナ禍のため、中止。

2019年

愛知・長久手市文化の家、市内各所 2019年9月28日〜10月20日

概要

 毎年、長久手市文化の家を拠点に、市内各所で開かれるアートイベントである。展示以外にもワークショップやマーケット、スタンプラリーなど各種イベントが充実している。

 2019年は、例年と比べ、出品者に大きな変化があった。愛知県立芸術大や東京藝術大で長く後進の育成に当たった櫃田伸也さんをはじめ、山本富章さん、久野利博さん、清野祥一さんらが作品を出したことである。

 出品作家が多く、会場も点在するので、文化の家で展示した作家のうち、過去に作品を見てきたアーティストを中心に触れる。

櫃田伸也

櫃田伸也

 櫃田さんはかなり昔になるが、名古屋のギャルリーユマニテで発表していた時代によく取材した。「不確かな風景」「通り過ぎた風景」などのタイトルをつけ、戦後の焼け野原を原点に変貌する風景を常に意識し、記憶に残る断片的な風景を再構成した作品に取り組んできた。

 それは、空き地、水路、フェンス、コンクリートの壁、植物など、ありふれた記憶を集め、映画の背景のような過ぎていく断片のイメージの連なりとして平行移動するように組み立てられる多視点、多空間なものである。

櫃田珠実

 櫃田珠実さんは、フィルムで撮影したイメージをコンピューターに取り込んで独自なイメージを生成させるデジタルフォトの手法で夢想的、幻想的な世界観を生み出す。

 今回は、恩田陸の「夢違い」の装画にもなった作品。

山本富章

山本富章

 山本富章さんは、着物の前身頃のようなT型に変形したパネルに大型のピンチを等間隔で並べた作品を展示した。

 ピンチは黒と白を交互にし、一部に赤が入って、それぞれにドットがのっている。

 左右対称の幾何学的なパネル上に展開する規則的なピンチ、抑制された色彩の連なりがデジタル的な静かな律動を感じさせながら、ドットの揺らぎと拮抗するように空間に作用していた。

久野利博

久野利博

 久野利博さんは、2階のブリッジの床に木蓋を等間隔に並べ、その上に岩塩を置くインスタレーションを展示した。

 平凡な建築資材の上に置かれた異質な素材が空間を見慣れない風景へと異化し、通り過ぎるに過ぎない場所を此岸から彼岸へと向かう通過儀礼の場へと変容。忘れられた自然、伝統様式への意識を促すとともに空間に身体的な間合いを生んでいた。

清野祥一

清野祥一

 同じように通路のように感じられたのが、清野祥一さんの、アルミニウムと鉄を焼成して床に並べたインスタレーション。

 清野さんの作品は、現代の工業的な物質の焼成によって地質時代へのイマジネーションを喚起する。

 今回は、現代的な複合文化施設の内と外を区切るガラスを隔ててつながるように展示することで、異なる位相を往来する象徴的な通路のように感じさせた。

福岡栄

福岡栄

 福岡栄さんの作品は、行為による痕跡である。床に和紙を置き、日光写真と同じサイアノタイプの感光液を両手で持って歩きながら、自分の影の輪廓に指の間から液を落としていった痕跡である。

 乾燥させ、光を当てると形が現れ、水洗いで定着できる。感光液の散らばりがランダムで、白い地に広がる大小の青のドットや線がとても美しい。

森川美紀

 森川美紀さんの絵画は「旅の記憶」がモチーフ。沈潜された抽象的な風景の断片を透明感のあるレイヤーの重なりで表現していく手法が魅力である。伸びやかな縦方向の色彩の帯の奥から緩やかな動きとともに現れるイメージ—。

 タイトルにあるDingboche(ディンボチェ)はネパール、ヒマラヤ山中の村の名前。一貫した画風ながら、記憶から生成する原初的なイメージと、複雑な流れを内包した絵画空間に進境を確認できた。

中谷ゆうこ

 中谷ゆうこさんは、赤ちゃんの頭部が浮遊するイメージの絵画で評価を受けた。途中、ブリュッセルに拠点を移して以後、立体を取り入れ、インスタレーションも展開している。

 頭部は抽象的な球体でありながら、赤ちゃんの鼻に由来する可愛い突起が残っている。眠っている赤ちゃんのイメージには親が愛しいものに思う素朴で根源的な優しさが感じられる。

 球体は純粋な魂のメタファーでもある。球体が連なるイメージは魂のつながりを想起させ、雫の連鎖のように垂れ下がるペーパークリップの鎖にも命のつながりへの作者の思いが宿る。

鳥谷浩祐

 鳥谷浩祐さんは、小さい頃に見た父親の故郷の海を描いた。サインペンのような筆致でワイドな画面を埋め、うごめく生き物のように見える波の動きが、作者の心理と来し方を反映したものとして迫ってくる。

浅田泰子

 浅田泰子さんは、文化の家、聚福院、Gallery FINGER FORUMの3カ所で、作品を展開した。

 人の心を和ませることを表現の核に据える浅田さんは、自分が拾い集めた人形、瓶など、小さく、何気なく、チープでありながら大切に思えるものを絵画のモチーフに据えてきた。

 絵とともに、モチーフとなった物を併置することで、絵が生まれるプロセスと、それが波及する意味を考えてきた。

 今回は、陶による人形、宝石を制作。宝探しのように会場を巡ってもらう作品である。近年は、大切に思えるものを陶で自ら作るようになっている。

 平面も手がけ、自分ですいた和紙に描いた絵を窓ガラスに貼り、ステンドグラスのような澄んだ効果を生み出した。

奥田美樹

 奥田美樹さんは、一貫して丸い形態がつながっていくイメージの作品を絵画やインスタレーションで作品化してきた。

 自然を自分の心と一体化させながら空間にリズムを作っていく手際は優しく、懐かしさを喚起する。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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