名古屋のカルチャーWEBマガジン「アウターモーストナゴヤ」では、レビュー、リポート、トピックスなどを掲載します

ながくてアートフェスティバル2019

愛知・長久手市文化の家、市内各所 2019年9月28日〜10月20日

毎年、長久手市文化の家を拠点に市内各所で開かれるアートイベントである。展示以外にもワークショップやマーケット、スタンプラリーなど各種イベントが充実していて、肩肘を張らずに楽しめる。今年は、例年と比べ、出品者に大きな変化があった。愛知県立芸術大や東京藝術大で長く後進の育成に当たった櫃田伸也さんをはじめ、山本富章さん、久野利博さん、清野祥一さんらが作品を出したことである。出品作家が多く、会場も点在するので、文化の家で展示した作家のうち、過去に作品を見てきたアーティストを中心に触れる。

櫃田伸也

 櫃田さんはかなり昔になるが、名古屋のギャルリーユマニテで発表していた時代にはよく取材した。「不確かな風景」「通り過ぎた風景」などのタイトルをつけ、戦後の焼け野原を原点に変貌する風景を常に意識し、記憶に残る断片的な風景を再構成した作品に取り組んできた。それは、空き地、水路、フェンス、コンクリートの壁、植物など、ありふれた記憶を集め、映画の背景のような過ぎていく断片のイメージの連なりとして平行移動するように組み立てられる多視点、多空間なものである。櫃田珠実さんは、フィルムで撮影したイメージをコンピューターに取り込んで独自なイメージを生成させるデジタルフォトの手法で夢想的、幻想的な世界観を生み出す。今回は、恩田陸の「夢違い」の装画にもなった作品だという。

山本富章

 山本富章さんは、着物の前身頃のようなT型に変形したパネルに大型のピンチを等間隔で並べた作品を展示した。ピンチは黒と白を交互にし、一部に赤が入って、それぞれにドットがのっている。左右対称の幾何学的なパネル上に展開する規則的なピンチ、抑制された色彩の連なりがデジタル的な静かな律動を感じさせながら、わずかなドットの揺らぎと拮抗するように空間に作用していた。

久野利博
清野祥一

久野利博さんは、2階のブリッジの床に木蓋を等間隔に並べ、その上に岩塩を置くインスタレーションを展示した。平凡な建築資材の上に置かれた異質な素材が空間を見慣れない風景へと異化し、通り過ぎるに過ぎない場所を此岸から彼岸へと向かう通過儀礼の場へと変容。忘れられた自然、伝統様式への意識を促すとともに空間に身体的な間合いを生んでいた。同じように通路のように感じられたのが、清野祥一さんの、アルミニウムと鉄を焼成して床に並べたインスタレーション。清野さんの作品は、現代の工業的な物質の焼成によって地質時代へのイマジネーションを喚起する。今回は、現代的な複合文化施設の内と外を区切るガラスを隔ててつながるように展示することで、異なる位相を往来する象徴的な通路のように感じさせた。

福岡栄

福岡栄さんの作品は、行為による痕跡である。床に和紙を置き、日光写真と同じサイアノタイプの感光液を両手で持って歩きながら、自分の影の輪廓に指の間から液を落としていった痕跡である。乾燥させ、光を当てると形が現れ、水洗いで定着できる。感光液の散らばりがランダムで、白い地に広がる大小の青のドットや線がとても美しい。森川美紀さんの絵画は「旅の記憶」がモチーフ。沈潜された抽象的な風景の断片を透明感のあるレイヤーの重なりで表現していく手法が魅力である。伸びやかな縦方向の色彩の帯の奥から緩やかな動きとともに現れるイメージ。タイトルにあるDingboche(ディンボチェ)はネパール、ヒマラヤ山中の村の名前だという。一貫した作品を描きながら、記憶から生成する原初的なイメージと複雑な流れを内包した絵画空間に進境を確認できた。
中谷ゆうこさんは、赤ちゃんの頭部が浮遊するイメージの絵画で評価を受けてきた。途中、ブリュッセルに拠点を移して以後、立体をも取り入れ、インスタレーションも展開。頭部は抽象的な球体でありながら、赤ちゃんの鼻に由来する可愛い突起が残っている。球体にある、眠っている赤ちゃんのイメージには親が愛しいものに思う素朴で根源的な優しさが感じられる。球体は純粋な魂のメタファーでもある。球体が連なるイメージは魂のつながりを想起させ、雫の連鎖のように垂れ下がるペーパークリップの鎖にも命のつながりへの作者の思いがある。鳥谷浩祐さんは、小さい頃に見た父親の故郷の海を描いた。サインペンのような筆致でワイドな画面を埋め、うごめく生き物のように見える波の動きが、作者の心理と来し方を反映したものとして迫ってくる。

 浅田泰子さんは、文化の家、聚福院、Gallery FINGER FORUMの3カ所で、作品を展開。人を楽しませる、和ませることを表現の核に据える浅田さんは、自分が拾い集めた人形、瓶など小さく何気なく、チープながら大切に思える物を絵にして、物と絵を併置することで絵画が波及する意味を考えてきた。今回は、陶による人形、宝石を制作し、宝探しのように会場を巡ってもらう作品。自分ですいた和紙に描いた絵を窓ガラスに貼り、ステンドグラスのような澄んだ効果を出している。奥田美樹さんは、一貫して丸い形態がつながっていくイメージの作品を絵画やインスタレーションで作品化してきた。自然を自分の心と一体化させながら空間にリズムを作っていく手際は優しく、懐かしさを喚起する。
 限られた時間、限られた会場で取材した記事になったが、長久手市は愛知県立芸大があることから、アーティストが多く、人口急増の住宅地として街も進化しているため、このアートフェスの今後も楽しみである。先鋭性を追求するわけではないが、手作り感のある展示で幅広い人たちの参加を促す工夫、現在進行形の芸術に親しんでほしいとの素直な気持ちが伝わってきて、いつ来ても心地よいイベントである。人口6万人に満たない街で、継続して、このイベントを続けている関係者に敬意を払いたい。

最新情報をチェックしよう!

美術の最新記事8件