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豊田市美術館 石田尚志作品夜間野外上映(2009年11月8〜15日)+アーティストトーク(8日)

 「実は映像作家というより、画家の仕事として映像を作っている」。この日、石田尚志さんが話した一つのテーマは、石田さんが軽やかにコンピューターを駆使する映像作家というよりは、絵画を出発点に映像へと進んだ作家だという点だ。
 幼いころから、ひたすら絵を描いていた石田さんは「幼稚園のときの絵が僕の人生の中の絶頂期」と振り返り、四歳ごろに描いた「バベルの塔」はじめ、自分の描いた絵や映像作品を見せながら話を進めた。十五、十六歳になると、そうした「バベルの塔」の建物の中に入るのを想像して描いた作品がある。「どんどん重ねて厚塗りができるので、巨大な岩山を自分自身がくり抜いていくような感じ」。自由に橋を建造し、アーチを削るなど、次から次へと架空の遠近法の中で建造物を構成していくのを楽しんでいた時期だ。
 十七、十八歳のころの「バベルの塔」では、真ん中に、むにゅっとした紫色の竜の顔が現れる。「上にも下にもつながっていく建物、奥にもどんどん入っていける建物、それを写真のように一枚で撮るのではなく…(中略)…自分が建物の中で見ているものを圧縮する、その歪みが、ここでテーマになっている竜だったりする…(中略)…柱が曲がって見えているとか、雲と一体化するとか、有機的なものが変容するようなものに欲望が向かっていく」。このころ、石田さんが関心を向けたのは、単純な遠近法にしたがう限定的な世界ではなく、それを解体していく時間の経験そのものだった。勉強が苦手で、高校を追い出された後に訪れた沖縄では「非常に細かい、むにゅむにゅというのか、渦の集積みたいなタッチが折り重なっている…(中略)…即興的なものばかり描いていた」。
 やがて、五十メートル巻きのファクシミリの感熱紙に、水彩などで端からひたすら描くようになる。こうした「絵画が四角形の中からはみ出してしまうような経験」、巻物のような感覚が、窓としての絵画、遠近法的な奥行きとは違う絵のありようをはっきりさせていく。東京に戻り、描くのが辛くなる二十歳のころには、音楽を聴いて音楽自体をスケッチしたいという欲望が芽生える。東京・新宿アルタ前や横浜美術館エントランスなどでライブ・ペインティングを展開。音楽家の足立智美さん、アニメーション作家の相原信洋さんや、音楽家の千野秀一さんとのパフォーマンスに取り組む。一方で、「とにかくバッハさえあれば基本に戻れると思い込んでいた。バッハが好きで好きでグールドが好きで…」と話す石田さんは二〇〇八年、バッハに傾倒したグレン・グールドの生地、カナダ・トロントで生活したときのことを振り返り、「カナダ人であるグールドにとって、その背後に北極に向かってとてつもない大地が延々と広がっている。その感覚、孤独っていうのが彼のバッハの演奏の核にあるのはすごくよく分かった」とも語った。
 二十代で、ライヴ・ペインティングから映像に比重が移ったときのきっかけを、石田さんは、「伸びていく線それ自体の生成を見てほしいのに、パフォーマンスだと、見る人は、描いている僕の身体の方を面白がって、身体の方がメーンになっていく。(身体より)生成するもの自体を見たいという思いがすごく強くなった。何本もの線がグアーっと伸びていくような、そういう欲望をかなえてくれるのが映像かもしれないと思った」と語った。
 続いて、豊田市美術館で公開した二つのドローイング・アニメーション、東大駒場寮の一室を一年間借り切り、ペンキで描いては一枚一枚一六㍉カメラで繰り返し撮影して作った「部屋/形態」(一九九九年)や、三面の映像インスタレーション「海の壁―生成する庭」(二〇〇七年)などに言及。「アニメーションというのは、連続した絵が描いてある紙をパラパラパラとめくるものとしてイメージされていると思うんだけど、この技法とは要するに半分ドキュメンタリーなんですね。例えば、木が生長していくのを何日かおきに定点でずっと撮っていけば、木が伸びていくのを撮れるのと同じように、空間に絵を描いていく途上でカメラを回してあげると絵が生成していく」。これらの空間のドローイング・アニメーションでは、身体を消す、つまり人がいない部屋で絵が生成することを目指し、描いている途中で部屋から一回一回出ていっていた。
 他方、ライヴ・ペインティングを含め、長い巻物の作品では、手前から少しずつ描いていくのをひたすらコマ撮りする。巻物の展示とともに、その映像を壁に映写するようなインスタレーションでは、見る人は、紙に残された痕跡である巻物を見ていく時間と、線の生成途上の、石田さん本人が紙に向かっていたときの「目の時間」という二つの時間を体験することになる。
 「バベルの塔」のような、上に伸びていく渦巻き建築を描きたかった時期、その渦の中に入ってその渦を昇ってみたい欲望、通常の遠近法を超える、変容し、歪んでいく空間への志向、あるいは音楽を描くという経験、バッハの音楽に包まれ聞こえてくる音をスケッチする、線を引いていくこと自体が演奏と同一化するような欲望、その延長にあるライブ・ペインティング。さらには、映像が「自分の目」そのものに近づき、身体を消して、空間のドローイング・アニメーションにつながる流れがある。そうして、石田さんが音楽にじかに向き合おった作品が、愛知芸術文化センターのオリジナル映像作品として制作された「フーガの技法」(二〇〇一年、豊田市美術館に展示)であり、石田さんの代表作のひとつになっている。トークでは、こうした展開が率直な語りで詳らかにされた。
 本稿は芸術批評誌「REAR」(2010年23号)に掲載されたものに加筆修正したものです。

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