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判治佐江子展 ハートフィールドギャラリー(名古屋)で10月31日まで

ハートフィールドギャラリー(名古屋) 2021年10月21〜31日

判治佐江子

 判治佐江子さんは1950年、三重県四日市市生まれ。多摩美術大学絵画科卒、 同大学院修了。

 判治さんはキャリアも長く、作品もさまざまなバリエーションがある。

 国内外のコンペ等で幅広く活躍してきたが、1999〜2000年、文化庁芸術家在外派遣研修員として、英国に滞在した経験がその後の作品に影響を与えた。

 もともとは、植物などをモチーフにした銅版画の連作を手がけていた。行き詰まりのような中で、海外での制作を経験し、写真を使った作品へと変化した。

判治佐江子

 代表作ともいえるのが、街路のガラスに映り込んだ人物をモチーフにした《Reflections 》のシリーズである。

 ほかに、高い位置にある空港の窓や、古くなった換気口、人間の鼻腔を撮影した作品群もある。

 多様ではあるが、ショーウインドーに映った人影から、窓、換気口、鼻腔まで、光の反射や、空気の揺らぎなどの現象が作用する空間や境界域などを対象に、実像と虚像、時間のうつろい、あわいの空間をテーマにしていることが分かる。

 旅先で入手した外国の古書のページをつなぎ合わせて支持体にするなど、撮影したイメージを別の時間のレイヤーと重ねあわせた作品もある。

Breathing space[room]

判治佐江子

 今回は、一風変わった新しいシリーズを発表した。

 桜を映した大判の作品であるが、強さとはかなさ、明瞭さとあいまいさ、確かな存在感と震え、うつろいの感覚を合わせ持つ、どこか違和感のあるイメージである。

 単純なブレ、ボケというのでもない。イメージが流動化したように見えるし、それでいて、どこか絵具の筆触のようにペインタリーに感じられる部分もある。

 細部に目を向けると、生動感とともに顕微鏡で拡大した細胞のような生々しさもある。

 聞くと、 これらの作品は、2021年春、自宅の庭で、 凍った薄い氷をカメラの前に置き、いわば氷のレンズを通して撮影した桜である。

判治佐江子

 桜のイメージは、おおよそ見上げるような構図になっていて、背景には青空も見える。氷の状態は刻一刻と変化し、溶けた水が表面を流れていく。

 ピントがなかなか合わない中、シャッターを切っていくが、光、風に包まれた桜が氷の変化によって、たゆたうように見える。

 あたかも、空気の流れと花や枝の揺らぎ、光の戯れ、氷の溶解が相互に交じりあうように、イメージを変化させているのである。

 つまり、ここでは、撮影している時間の流れの中で、さまざまに変化する自然条件によって導かれた奇跡のような交点でイメージが生まれている。

 そのとき、判治さんには、実在するものと、しないものを感じるような空間が意識されている。

判治佐江子

 今回は、《Reflections 》の作品も展示された。このシリーズは、英国に滞在した2000年前後から継続して制作されている。

 多くの作品では、通りを歩いている人と、その姿が映り込んだショーウィンドウがモチーフになっている。

 今回の作品では、英国のギャラリーに立つ女性とガラスに映り込んだ姿、オブジェがモチーフになっている。

 実在する人物と、その人が映ったガラス面の人影をわずかな時間差で撮影した写真イメージを合成するなど操作してある。

 注目すべきは、それらのイメージに、時間差、差異の感覚がはらまれていることである。

 この実像と虚像がズレた奇妙な感覚によって、鑑賞者は、揺らぎ、遅れの感覚とともに、時間の流れや、もう1つの時間について想起する。

 判治さんのイメージは、ガラス面に映った人影であろうと、光や空気の揺らぎであろうと、氷と花であろうと、とどまることなく変化する空間、うつろいの時間、差異と遅れの感覚、ひいては存在と不在がモチーフとなっている。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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