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張平成 海岸の枝 See Saw gallery + hibit(名古屋)で2024年1月13日-2月24日

See Saw gallery + hibit(名古屋) 2024年1月13日〜2月24日

張平成

 張平成さんは1992年、中国・江蘇省無錫市生まれ。2020年、名古屋造形大学造形学部造形学科洋画コース卒業。2022年、多摩美術大学大学院美術研究科絵画専攻油画研究領域修了。

 千葉県を拠点に制作している。筆者が張平成さんの作品を見るのは初めてである。作家に取材ができていないので、ギャラリーの説明と、インターネット上の情報が頼りである。特に、EunoiaというWEBサイトのインタビュー記事がとても参考になった。

 心象風景を描いた絵画であるが、表現が抑制された繊細な作品なので、近づかないと、何が描いてあるのか分からない。否、近づいても、ほとんど分からない。

張平成

 記憶の中の中国の風景と、現在住んでいる千葉県の制作拠点周辺の情景が融合しながら、静かにうつろうような水の中に全てが溶け合い、抽象化されているーーそんな印象を抱いた。

 筆者は、24年前の2000年、上海ビエンナーレに行くのに合わせ、張平成さんの故郷でもある無錫に行ったことがある。

 このときの上海ビエンナーレは、中国で初めて現代美術による国際展が展開され、日本の宮島達男さんや森万里子さんらの作品も並んで注目された。

張平成

 当時の記憶はほとんど薄れているが、 無錫の湖や川など、江南の水郷地帯のイメージは残っている。無錫は長江(揚子江)デルタに位置し、小さな河川が無数に流れている。

 中国にいる頃の張さんは、中国有数の淡水湖である太湖の近くで生活し、湖や庭園の瓦を眺めて過ごした。水のイメージが大きな意味をもつ所以である。

海岸の枝

 張さんの絵画は、いろいろなものが混じっていて(聞くところでは、海水なども含まれる)、画材としては、ミクストメディアである。

張平成

 淡い水色、薄いグレーが主調をなし、画面に目を近づけると、たどたどしい鉛筆の線や、絵具の滲み、汚れのような痕跡、おぼつかない形象が確認される。

 湖や海、川の近くの風景、植物などの自然や気象、天体などからインスピレーションを受け、そこに記憶の中の原初的な風景が重なっている印象である。

 タイトルにも、「海岸を歩く」「beside the river」「小さな大海」など、水のイメージによるものが多くある。

 海や川、湖、あるいは空の広がりのような、茫洋とした画面は、それ自体が水の流れや澱み、あるいは湿潤な大気、雨粒、雫など、水の現象を写し取ったようでもあり、全体が宇宙のように一体化している。

張平成

 薄く溶いた絵具の滲みや、かすれ、飛散、液状のものを滴らせるドリッピングなどを駆使し、支持体に浸透させている感じである。

 キャンバスを床置きにし、絵具を薄く溶いた水が画面を流れるようにして制作している印象もある。つまり、描かれた絵画は、コントロールされない水の流れ、揺らぎそのものである。

 部分的に汚れのような箇所があるのは、水に混じったものがそのまま付着したのではないか。絵具の微細なドットを使って形をなぞっているところもあるが、とても密やかな感じである。

 そこに鉛筆や絵具による線や、不明瞭な形象がさりげなく加えられる。画面に確認できる瓦屋根や、家の形、舟形などには故郷の風景が重ね合わされているのだろう。

張平成

 絵具を薄く溶いた水をキャンバスの上に漂わせ、乾けば鉛筆の線を引いては消し、自身が観察した水の情景に重なるのを待っているかのようでもある。

 水や、そこに映る風景、気象や風、光などがたゆとう世界を静かに眺めるような、とても繊細、無垢な感性である。

 張さんは、できるだけ自然に任せようとしている。痕跡のようなもので絵を成り立たせたいと考えている。日々の変わることのない生活の中にあっても、ほんの微かな自然のうつろいを感じ、そのはかない美しさを描き留めようとしている。

 hibitの空間では、絵画とともに、植物や水を使ったインスタレーションも展示している。

張平成

 屋外の庭には、キャンバスをそのまま地面に置いた作品もあった。キャンバスの上に落ちる葉や花弁、光や、雪や雨など自然現象や気象をありのままに受け止めようという発想かもしれない。

 張さんは、もの派や、ミニマリズムに共感している。

 ささやかな自然の揺らぎや気象など極微なものへの関心。この世界と物質を流動するものと捉え、記憶と痕跡によって、重層的な空間がつくられていく。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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