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ペドロ・コスタ監督最新作「ヴィタリナ」名古屋シネマテーク 特集上映も 11月7〜20日

ペドロ・コスタ監督「ヴィタリナ」

 『ヴァンダの部屋』(2000年)以来、ポルトガル・リスボンの移民街フォンタイーニャスを舞台に作品を作り続けているポルトガルの鬼才、ペドロ・コスタ監督。その最新作『ヴィタリナ』公開を記念した「ペドロ・コスタ特集2020」が2020年11月7〜20日、名古屋・今池の名古屋シネマテークで開かれる。
 以下、情報は公式サイトなどから。

 『ヴィタリナ』は、2019年のロカルノ国際映画祭で最高賞の金豹賞と女優賞を受賞。第20回東京フィルメックスの特別招待作品となった。

 『ヴィタリナ』公開を記念した特集上映では、他に6作品を上映する。

スケジュール

  • 11月7日18:45   「血」/ 20:35「溶岩の家」
  • 11月8日18:45   「溶岩の家」/ 20:50「血」
  • 11月9日18:45   「ヴィタリナ」
  • 11月10日18:45   「わたしたちの男」&「映画作家ペドロ・コスタ」/オール・ブラッサムズ・アゲイン
  • 11月11日18:45   「ヴァンダの部屋」
  • 11月12日18:45   「コロッサル・ユース」
  • 11月13日18:45   「ヴィタリナ」
  • 11月14〜20日14:10 「ヴィタリナ」

『ヴィタリナ』

ペドロ・コスタ監督「ヴィタリナ」

彼女は人生のすべてを語りはじめる

  ヴィタリナは、 アフリカのカーボ・ヴェルデ からポルトガルに出稼ぎに行った夫がいつか自分を呼び寄せてくれると信じて待ち続けていた。 やっとのことで、リスボンに1人でやってくると、夫は数日前に亡くなり、すでに埋葬されていた。ヴィタリナは亡き夫の痕跡を探すかのように、移民たちが暮らす街にある夫の部屋に留まる決意をする。そして、その部屋の暗がりで自らの波乱に満ちた人生を語り始める―。

カーボ・ヴェルデからの移民女性がロカルノ国際映画祭女優賞受賞の快挙!

 自分の名前と同じ主人公を演じたヴィタリナ・ヴァレラは、虚実の狭間で自らの半生を言葉に託し、その存在感で見る者を圧倒。ロカルノ国際映画祭で女優賞を受賞した。

 ひとりの女性の苛酷な人生を、暗闇と一条の光の強烈なコントラストで描いた。世界中の映画祭が招待し、リスボンでは女性たちの共感を呼んで、公開1カ月で2万人を動員した。

ストーリー

 リスボンの片隅、移民たちが暮らす、フォンタイーニャス地区。明かりも少ないこの街には多くの移民がいる。

 暗闇の空港にひとりの女が降り立った。名前はヴィタリナ。アフリカのカーボ・ヴェルデから出稼ぎに出ていた夫の危篤を知り、ポルトガルに来た。すでに夫は亡くなり、葬儀は3日前に終わっていた。

 ヴィタリナはそのままポルトガルに留まり、夫、ジョアキンの面影を辿るように、夫が借りていたフォンタイーニャスの薄暗い部屋で暮らし始める。

 ヴィタリナは黒い服を身につけ、その部屋には十字架と花と蝋燭、そしていくつかのモノクロ写真が飾られた。
 路地に暮らす人々がお悔やみを言いに次々と立ち寄る。
「死んだの?土の下にいるの?」
ヴィタリナは言葉を発する。

 「リスボン行きの切符が届くのを40年待った。一生待ちぼうけだよ」「あんた驚いた? まさか私が来るとはね。死ぬときも離れていたかった?」「私たちは1982年の12月14日に婚姻届を出し、1983年3月5日に挙式をした」

 夫の思い出話をしに訪ねて来る者もいる、死に際の様子を話す者もいる。

 「あんたはカーボ・ヴェルデに一時帰郷して、たった45日で10室も部屋のある立派な家をひとりで作り、ある日、別れも告げずにポルトガルに帰って行った。私はまだ名もない娘を身篭りながら働いた」

 ヴィタリナは、近くの荒れた土地に鎌を入れ耕し始める。

 路地には神父がいた。

 ヴィタリナは雨が屋根を強く打ちつける夜にひとりつぶやく。
「この近所の男どもはみんな、悲しげで酔っ払いばかり。つられてあんたも怠け者になって。自分で死へと向かっていった」

 教会で神父の礼拝を受けるヴィタリナ。
 ヴィタリナの暮らす部屋には誰彼なく訪れ、自らの人生や暮らしの辛さを吐露していく。

 丘にある墓地に埋葬された夫。
そこにはヴィタリナと神父の姿があった―。

バックグラウンド

移民たちの街、フォンタイーニャス地区

 フォンタイーニャス地区は、ポルトガルのリスボンにあったスラム街。 多くのアフリカ系の住民が住んでいた。ペドロ・コスタは、『骨』(1997)以降、『ヴァンダの部屋』(2000)、『コロッサル・ユース』(2006)と、この地区を舞台に映画を撮っている。

 「大航海時代」。 ポルトガルは、香辛料、金、ダイヤなどを求め、アジア、アフリカ、ラテンアメリカなど世界各地で貿易を展開した。アフリカのポルトガル語圏の形成は、15〜19世紀に続いた奴隷貿易の歴史と重なっている。カーボ・ヴェルデ、サントメ・プリンシペ、ギニア・ビサウ、アンゴラ、モザンビークなどの大西洋、インド洋に面する国々が、奴隷貿易のための植民地として、ポルトガルに収奪された。

 1970年代には、ポルトガル領アフリカ諸国は、独立を勝ち取るが、ポルトガルによる支配の歴史は、現在まで大きな禍根を残している。資源を持たないアフリカ諸国からは、多くの移民、出稼ぎ労働者を生みだした。旧支配国のポルトガルにも カーボ・ヴェルデ、アンゴラなどからの移民が押し寄せている。

 ペドロ・コスタ監督によると、フォンタイーニャス地区の住民の80%が、カーボ・ヴェルデ、アンゴラ、モザンビークからの移民。1994年、ペドロ・コスタ監督は、アフリカのカーボ・ヴェルデを舞台とした『溶岩の家』を製作。その後、カーボ・ヴェルデの人たちから、リスボンにいる家族のためにと多くの手紙や品物を預かり、初めてフォンタイーニャス地区を訪れた。

 フォンタイーニャス地区を舞台に、スラム街に生きる若者たちの生を描いた作品『骨』(1997年)で、ペドロ・コスタは、ヴァンダと出会う。今度は、ヴァンダとその家族を撮る作品を構想した。

 『ヴァンダの部屋』(2000年)製作時、フォンタイーニャス地区は再開発で破壊されつつあった。撮影後、フォンタイーニャス地区には、集合住宅が建ち、廃墟やバラック同然の家々に住んでいた住民たちは、そこに移されたようである。しかし、コンクリートで塗り固められ、密室性が増した集合住宅は、住民たちのコミュニケーションを遮断。麻薬汚染、生活環境の悪化を招いたともされている。このあたりの一端は『コロッサル・ユース』(2006年)にも描かれている。

カーボ・ヴェルデ共和国

 カーボ・ヴェルデ共和国は、大西洋の中央、北アフリカの西沖合いのマカロネシアに位置するバルラヴェント諸島、ソタヴェント諸島からなる共和制国家。首都はプライアである。島国であり、15世紀から1975年までポルトガル領であった。

 公式サイトの清水ユミさん(ポルトガル大使館)のコラムによると、カーボ・ヴェルデの国民の暮らしは厳しく、多くが出稼ぎのために国外に出た。本国の人口が50万人程度なのに対し、国外にいるカーボ・ヴェルデ人は100万人を超すという。カーボ・ヴェルデ出身の歌手で「裸足のディーヴァ」として知られたセザリア・エヴォラの「Sodade」は、こうした移民たちの郷愁を歌った名曲だという。

 清水ユミさんによると、ポルトガルでの現実も厳しく、男性であれば工事現場、女性であれば清掃員や家政婦として働くしかなかった。多くが不法滞在者で、リスボン郊外のスラム街に住んだ。ペドロ・コスタ作品で有名になったフォンタイーニャスもそうしたスラム街の1つ。このスラム街に一般のポルトガル人が足を踏み入れることはほとんどない。

 清水ユミさんによると、『ヴィタリナ』は全編、亡夫を悼むヴィタリナの姿を丁寧に追っている。家族や友人だけでなく、見知らぬ人すらも家に招き入れて食事を共にし、亡き人について語り合う。これがカーボ・ヴェルデの悼みの儀式だという。

ペドロ・コスタ特集2020

ポルトガル/1989年/ポルトガル語/モノクロ/Blu-ray /95分
出演:ペドロ・エストネス、ヌーノ・フェレイラ、イネス・デ・メデイロス、ルイス・ミゲル・シントラ

1989年 ヴェネチア国際映画祭出品
1990年 ロッテルダム国際映画祭 国際批評家連盟表彰

 青年ヴィンセントは病に苦しむ父親を安楽死させ、墓地に埋める。父親の消息に疑問を持った伯父は青年のもとにやってきて弟を連れ去ってしまった。一方、父親の負債の返済を求めて二人組が現れる。弟を取り返すべく動く青年を二人組が追っていく・・・。ペドロ・コスタ長編第1作となる本作はフィルムノワール的風貌を見せつつ、瑞々しく輝く画面が観る者を魅了する。マノエル・ド・オリヴェイラ作品常連のルイス・ミゲル・シントラが重要な役で華を添えている。

溶岩の家

ポルトガル・フランス・ドイツ/1994年/ポルトガル語・クレオール語/カラー/DCP /110分
出演:イネス・デ・メデイロス、イサック・デ・バンコレ、エディット・スコブ

1994年 カンヌ国際映画祭〈ある視点〉部門出品
1994年 テサロニキ国際映画祭 最優秀芸術貢献賞
1994年 ベルフォール国際映画祭 最優秀外国映画賞

 看護師のマリアーナは、リスボンの工事現場で意識不明になった男レオンに付き添い、彼の故郷カーボ・ヴェルデに向かう。病人とともに荒野に取り残され、島民に病院まで運んでもらうが、誰も病人のことを語ろうとしない・・・。“カーボ・ヴェルデから届いた手紙”というペドロ・コスタの重要なモチーフが初めて登場し、後のフォンタイーニャス地区を舞台にした作品につながる重要作。伝説的女優、エディット・スコブが特別出演している。

わたしたちの男

ポルトガル/2010年/カラー/Blu-ray/26分
出演/ジョゼ=アルベルト・シルヴァ、ルシンダ・タヴァレス、アルフレッド・メンデス、ヴェントゥーラ

 未踏の故郷であるカーボ・ヴェルデについて思いを馳せる青年アルベルト。異なる望郷の想いを抱える初老のヴェントゥーラ。人生と死における希望と絶望の狭間を探索する。

映画作家ペドロ・コスタ/オール・ブラッサムズ・アゲイン

フランス/2007年/フランス語/カラー/Blu-ray/78分
監督:オーレリアン・ジェルボー

 『コロッサル・ユース』を製作中のペドロ・コスタ監督を記録する。監督と出演者たちとのやりとり、編集室でのラッシュ作業に加え、『骨』『ヴァンダの部屋』『映画作家ストローブ=ユイレ/あなたの微笑みはどこに隠れたの?』などの映像を交えて、監督の映画観を紐解く。『ヴァンダの部屋』の舞台となったフォンタイーニャスのスラム街は取り壊された。空き地になった場所を訪れ、語る監督・・・。『まぼろし』(フランソワ・オゾン)ほか、照明等の技師としても多くの作品に関わっているフランスのオーレリアン・ジェルボーが監督。

ヴァンダの部屋

英題:In Vanda’s Room 原題:No Quarto da Vandaポルトガル・ドイツ・スイス/2000年/ポルトガル語・クレオール語/カラー/35mm /178分
出演:ヴァンダ・ドゥアルテ、ジータ・ドゥアルテ、レナ・ドゥアルテ、アントニオ・セメド・モレノ、パウロ・ヌネス

2000年 ロカルノ国際映画祭 ドン・キホーテ賞・特別賞・青年批評賞・最優秀賞
2001年 山形国際ドキュメンタリー映画祭 最優秀賞・国際批評家連盟賞
2002年 カンヌ国際映画祭 フランス文化賞・最優秀外国映画作家

 数十人規模の映画製作に疑問を持ったコスタは小型のDVキャメラを手にフォンタイーニャスに戻り、撮影を敢行。『骨』に出演したヴァンダ・ドゥアルテとその家族を中心に、再開発が進み、パワーショベルによる破壊が進む街に暮らす人々を見つめる。小津、溝口、フォードを想起させるスタンダードサイズの画面と、街に響く破壊音の対比が強烈な印象を残し、新たなドキュメンタリー表現として多くの映画作家に影響を与えた。

コロッサル・ユース

英題:Colossal Youth 原題:Juventude em marchaポルトガル・フランス・スイス/2006年/ポルトガル語・クレオール語/カラー/35mm/155分
出演:ヴェントゥーラ、ヴァンダ・ドゥアルテ、ベアトリズ・ドゥアルテ、イザベル・カルドーゾ 

2006年 カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品

 『ヴァンダの部屋』のスラム街は取り壊されて、ヴァンダは新しい集合住宅に移り住んで夫と子どもと暮す。カーボ・ヴェルデから移り住み34年間、フォンタイーニャス地区に住んできたヴェントゥーラ。妻に去られた後、まだ残るスラム街と新築住宅を行き来し、”子どもたち”を訪ねる。過去と現在を縦横無尽に交錯させながら、彷徨える魂を描き出す。ヴェントゥーラが繰り返し口ずさむ手紙が感動を呼ぶ。

ペドロ・コスタ

 1959年ポルトガルのリスボン生まれ。

 リスボン大学で歴史と文学を専攻。青年時代には、ロックに傾倒し、パンクロックのバンドに参加する。リスボンの国立映画学校に学び、詩人・映画監督のアントニオ・レイスに師事。ジョアン・ボテリョ、ジョルジュ・シルヴァ・メロらの作品に助監督として参加。

 1987年に短編『Cartas a Julia(ジュリアへの手紙)』を監督。1989年、長編劇映画第1作『血』を発表。第1作にしてヴェネチア国際映画祭でワールド・プレミア上映された。

 以後、カーボ・ヴェルデで撮影した長編第2作『溶岩の家』(1994、カンヌ国際映画祭ある視点部門出品)、『骨』(1997)でポルトガルを代表する監督のひとりとして世界的に注目される。

 その後、少人数のスタッフにより、『骨』の舞台になったリスボンのスラム街フォンタイーニャス地区で、ヴァンダ・ドゥアルテとその家族を2年間にわたって撮影し、『ヴァンダの部屋』(2000)を発表、ロカルノ国際映画祭や山形国際ドキュメンタリー映画祭で受賞した後、日本で初めて劇場公開され、特集上映も行われた。

 『映画作家ストローブ=ユイレ あなたの微笑みはどこに隠れたの?』(2001)の後、『コロッサル・ユース』(2006)は、『ヴァンダの部屋』に続いて、フォンタイーニャス地区にいた人々を撮り、カンヌ映画祭コンペティション部門ほか世界各地の映画祭で上映され、高い評価を受けた。

 山形国際ドキュメンタリー映画祭2007に審査員として参加。2009年には、フランス人女優ジャンヌ・バリバールの音楽活動を記録した『何も変えてはならない』を発表。また、マノエル・ド・オリヴェイラ、アキ・カウリスマキ、ビクトル・エリセらとともにオムニバス作品『ポルトガル、ここに誕生す〜ギマランイス歴史地区』(2012)の一篇『スウィート・エクソシスト』を監督している。

 前作『ホース・マネー』は、2014年ロカルノ国際映画祭で最優秀監督賞、2015年には山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞を受賞した。2015年のニューヨークのリンカーンセンターのほか、世界各地でレトロスペクティブが開催されている。

 最新作である本作『ヴィタリナ』は、2019年ロカルノ国際映画祭で金豹賞&女優賞をダブル受賞、その後、世界中の国際映画祭で上映、劇場公開が続いている。2019年東京フィルメックスで特別招待作品として日本初上映され、賞賛と驚きをもって迎えられた。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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