画家の登山博文さんが死去 54歳

 2021年12月15日の中日新聞朝刊によると、画家の登山博文さんが2021年11月11日、死去した。54歳。

 登山博文さんは1967年、福岡県生まれ。1997年、愛知県立芸術大学大学院美術研究科修了。 愛知県を拠点に制作した。

 東京のタカ・イシイギャラリー(2017、2013年)、名古屋のガレリアフィナルテ(2009、2007年)、See Saw gallery(2009年)、コオジオグラギャラリー(2000、1998年)などで作品を発表した。

 「登山博文「1, 2」 タカ・イシイギャラリー(東京)で 2022年4月23日-5月21日」も参照。

 ほかに、「あいちトリエンナーレ2010」、2009年の愛知県美術館・名古屋市美術館「放課後のはらっぱ 櫃田伸也とその教え子たち」展など。あいちトリエンナーレに出品された絵画は、2022年5月21日〜6月25日、名古屋造形大の新設ギャラリーに展示されている。

 筆者は2000年、当時、名古屋市港区港町のジェティ・イースト3階にあったコオジオグラギャラリーでの登山博文展を取材している。

 当時は、シルバーホワイトの地に、左右対称の明快な形を単色で描いた作品を発表した。ロールシャッハテストを想起させる複雑ながら、線対称の精妙な図である。ゲシュタルトが垂直に立ち上がって、鑑賞者に正対する力強い絵画だった。

 1998年は、「ルビンの杯」という、緩やかなS字と逆S字が画面を三分割し、中央に高杯形を浮かび上がらせる作品を出品した。

 ペインティング・ナイフで絵具を塗り込んでいったフラットな画面には、図が張り出すような視覚的な強度と、輪郭線を境とした図と地の緊密な結合、均衡が見られた。

 叙情性を許さない理知的な図である。矩形の枠内で繰り広げられる、対称図形と地のスリリングな現れ、図と地が入れ替わる感覚を生み出す地の強さによって緊張感が強化された。

 システマティックで潔い制作が追究された画面にも、手技の痕跡としての絵画性、晴れやかな美しさがあった。

 その後も、 線や形、色面など絵画を構成する諸要素を純化、制作プロセスを検証することで成立する絵画を追究。制作と絵画の生成を緻密に、ストイックに問い続けた。

 ご冥福をお祈りいたします。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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