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新野洋×西澤伊智朗 自然を創る ヤマザキマザック美術館で4月22日-8月28日

黒田直美(ライター)

新野洋×西澤伊智朗

 現代美術作家の新野洋と陶芸作家の西澤伊智朗が「アクリル樹脂」と「土」といった全く異なる素材で「自然」を表現した二人展が2022年4月22日〜8月28日、名古屋・新栄のヤマザキマザック美術館で開かれている。

 表現手法も年齢も経歴も全く異なる二人から生み出される作品が不思議なほど共鳴しあい、生き物のルーツを探るような、大地の誕生を確かめるような遠い記憶のかなたへと誘ってくれる。

 会場に入るや、都会の喧騒を忘れ、知らず知らずのうちに自分の中にあるプリミティブな感覚が呼び覚まされていく。

 日々、自然の中で自分自身と対峙する二人の作品は、私たちに多くのことを訴えかけてくる。

展覧会概要

会  期:2022年4月22日(金)〜8月28日(日)
会  場:ヤマザキマザック美術館(名古屋市東区葵 1-19-30)
開館時間:平日10:00〜17:30
※土日祝は17:00まで
※入館は閉館の30分前まで
休 館 日:月曜日(7月18日、8月15日は開館)、7月19日(火)
観 覧 料:一般 1,300 円(1,100 円)、小・中・高生 500 円、小学生未満無料
※( )内は10名以上の団体料金
※音声ガイド無料 サービス

二人の作家の個性が光る特別展

 1979年、京都府に生まれた新野洋は、2003年に京都造形芸術大学洋画科を卒業。

 その後、ウィーン美術アカデミーに留学し、2008年に卒業すると、帰国後、京都府南山城村にある廃校を利用してアトリエを構えた。

 自然あふれる環境の中、里山で採集した植物をシリコーンゴムで型どりし、合成樹脂でパーツを制作。それらを彩色して組み立て、新たな生き物、自然界の現象などを作り上げた。

 最近では、さらに世界観を広げ、流木や動物の骨を使った大型のオブジェ制作などにも力を入れている。

 1959年、長野県に生まれた西澤伊智朗は、日体大を卒業後、地元長野で中学校の体育教師となり、その後、養護学校教諭に。

 授業の一環の作業体験で行われた陶芸に関わったことがきっかけで京都市立芸術大学に1年間学び、陶芸の基礎を体得しながら、作品作りへの思いを強めた。

 現在は、長野市七二会なにあいの山の中にアトリエを持ち、大地 の息遣いを感じさせる作品を制作。

 素焼きした陶器に、釉薬をかけ、その上から化粧土をかぶせて本焼きするという自ら編み出した手法により、独特なひび割れや風合いを生み出す。

 朽ち果てた植物の実や冬虫夏草など、その形状は、生と死の世界をあわせ持つ。

新野洋が「自然を創る」

新野洋

《進化のパズル》と題した美しい光を放つこの作品は、ニホンザルやアナグマの骨を型取りし、アクリル樹脂でパーツを制作。

 こうして組み合わされた作品は、一つとして同じ形のない雪の結晶。生まれては、はかなく消えていく命のきらめきのように暗闇の中に浮かび上がる。

 新野の暮らす里山では、昆虫や動物の死骸を目にすることも多い。都会では感じられない自然界にある日常—。

 インタビューでも「発想を得た“結晶”は無機物でそれ自体に 生はありません。でも同じ自然物であることから構造に類似性を感じました」と語っている。

新野洋

 《Waldeinsamkeit》という作品のもとになっているのは、新野がアトリエを構える京都府南城村の山間のダム湖沿岸より採取した流木。

 「人が作った構造物の隙間をぬって伸びたであろう木の根だった。そのかたちには、植物と人間のせめぎ合いともいえる痕跡があった」と語る。

 人工的なものに囲まれて暮らす私たちは、時に呼吸を浅くさせられる。この流木は、コロナ禍でさらに息苦しさを感じている私たちに、枯れ果てた先にある美しい自然の姿を見せてくれているようだ。

新野洋

 新野がアトリエを構える京都府南山城村は、自宅のある京都市内から車で約 1 時間ほど離れた場所にある。

 なぜ、このような場所にアトリエを構えたのか。新野の作品のルーツである昆虫や植物などの自然が身近にあることが大きかったのだろう。

 イマジネーションのもとになる昆虫の擬態や虫と植物の共通点など、新野の鋭い観察眼から生み出される作品は多様性の本質を伝えてくれる。

新野洋

 《生命の房》は、アトリエ周辺にあった草の種や花などがもとになっている。

 種は言うまで もなく、新たな命を生み出すもの。

 作品は、やがて美しい花や葉となって未来へと繋がる強い生命のパワーを感じさせてくれる。

西澤伊智朗が「自然を創る」

西澤伊智朗

 《カンブリアの痕跡》と名づけられた作品は、まさに発掘された化石。悠久の歴史を彷彿させる。

 西澤伊智朗の作品を見ていると、人類が、いや生物が誕生した時代、気の遠くなるようないにしえが蘇ってくる。

 本人の言葉によれば、「古生代前期に誕生した奇妙な生き物に 感情を激しく揺さぶられる」のだという。

 そんな着想から生み出される作品は、轆轤ではなく、縄文時代から行われてきた手びねりによってつくられる。

 大きく重量感のある陶は、元柔道選手であった西澤らしい素手から生み出される大胆な造形。

 その一方で、自然のうつろいゆくさまを繊細な感性で受け止める西澤のやさしさも見え隠れする。心の内側にある叫びがシンプルに表現されているからかもしれない。

西澤伊智朗

 冬虫夏草からイメージした《冬虫夏草のレクイエム》は、昆虫とキノコが一体となることから生まれ、生命の神秘を感じさせる。

 「どんな物事にも生と死、善と悪、愛と憎しみなど、相反するものが混沌として存在している」。そう語る西澤は、あるがままを受け止めること、偽りのない世界を表現することを使命としている。

西澤伊智朗

私たちはどのようにして自然へと回帰していくのだろうか

 「二人の自然に対峙する姿勢、作品を見て、一つの場所で展示したいと思いました」と語るのは、ヤマザキマザック美術館学芸員の坂上しのぶさん。

 通常はアール・ヌーヴォー時代のガラスを中心に展示しているスペースに、一見無造作に置かれた作品群は、大胆でありながら、細やかな動線が配慮されている。

 「こういう作品だからこそ、近づいて、じっくり見てほしいと思いました。今回の展示では、私自身が癒やされている。そう思えるほど、二人の表現した自然に奥深さを感じています」と坂上さんは続ける。

 コロナウィルスによって一変した日常生活だが、自然界を見渡せば、それほど大きな変化は起きていない。

 春が来れば花が咲き、実を着けてやがて朽ち果て、種を落とす。新たな命を得た虫たちも季節の終わりには死骸となって土に還る。繰り返されてきた自然の営みは不変なく続いているのだ。

 私たちが便利な生活を得るために自然環境を壊し続けたことの方が、よほど大きなダメージを与えていたのではないか。そんなことを省みることのできる展覧会でもある。

 誰もが見えない時代に疲れ果てている今、自然との共生を続 ける二人の作品から、私たちは、自然回帰とはどういうことなのかと、改めて問いかけられている。ぜひ、多くの人に間近で見てほしい展覧会だ。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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