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愛知芸術文化センター・愛知県美術館オリジナル映像作品SHIMURAbros『Butterfly upon a wheel』初公開

 愛知芸術文化センター・愛知県美術館オリジナル映像作品の最新第30作、SHIMURAbros『Butterfly upon a wheel』(2022年、29 分、デジタル)が2022年8月23日、同センターのアートスペースAで初公開された。

 第二次大戦中のリトアニアで、ナチスに迫害されたユダヤ人に日本通過ビザを発給し、2000人以上の命を救った外交官、杉原千畝(1900-1986年)のエピソードを起点に、現在も続く難民問題について考察した映像作品である。

 多くの観客が詰めかけ、上映後には、SHIMURAbrosの2人によるトークが開催された。

SHIMURAbros 『Butterfly upon a wheel』 2022年 主演:Juan Kruz Diaz de Garaio Esnaola 愛知芸術文化センター・愛知県美術館オリジナル映像作品(写真提供:SHIMURAbros)

 SHIMURAbrosは、ユカさん(1976年、横浜市生まれ)とケンタロウさん(1979年、横浜市生まれ)の姉弟のアートユニットである。

 ユカさんは多摩美術大学卒後、英国のセントラル・セント・マーチンズ大学院で修士号を取得。ケンタロウさんは東京工芸大学映像学科を卒業している。

 「映画」という表現手法を分析的に掘り下げつつ、その解釈、可能性を広げる作品を制作。2014年のポーラ美術振興財団在外研修を契機に拠点をベルリンに移し、オラファー・エリアソンのスタジオに研究員として在籍している。

 平成21年度文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞受賞。カンヌ、ベルリン国際映画祭での上映をはじめ、国内外の美術館で作品を展示し、恵比寿映像祭などへも出品。2018-2019年には、ポーラ美術館(神奈川県足柄下郡箱根町)で「Film Without Film 映画なしの映画」展が開催された。

SHIMURAbrosの2人。中央はエグゼクティブプロデューサー(愛知県美術館主任学芸員)の越後谷卓司さん。

 以下、トークでの2人と越後谷卓司さん(愛知県美術館主任学芸員)のやりとりを基に作品について紹介する。

 2人は、アーティストとしては珍しい姉弟のユニットである。

 最初は、シングルチャンネルの映画作家として作品をつくっていたが、作品について鑑賞者から「よく分からない(難解である)」という声も上がる中、ある美術館キュレーターの勧めもあって、アーティストに転身した。

 以後、「映画とは何か」というテーマで思考を深め、その固定概念を覆すようなメディアアート、立体、インスタレーションを制作している。

 フィルム、映像、光、時間、物語、記録など「映画」の歴史的な構成要素を分析しながら、最新のデジタル映像技術をも駆使する作品は、映画の力への信頼と可能性を広げる意志に貫かれている。

 本作は、わずか30分足らずの短編の中に、初期映画を想起させる実験映画、杉原千畝の秘書のドイツ人によるビザ発給や恋愛の場面を映した劇映画、ドキュメンタリーなどを包含し、「戦争」「難民」という主題性によって、歴史と現代をつないでいる。

 最初の場面では、ナチスのヒトラーが演説をしたベルリンの「ベルリン・オリンピアシュタディオン」(オリンピック競技場)の地下練習場が舞台である。  

 1人の陸上選手らしき男性がウォーミングアップをしているような場面の映像であるが、見えない力に束縛されている緊迫した雰囲気もあって、その動きは、ゆったりとしたダンスにも見える。

 この場面は、映画の終盤に反復される。男性俳優は、ナチス・ドイツによる迫害と文化の強制的同一化の対象となった精神障害者と同性愛者、音楽家、女性の4役を演じている。

 そのほか、作品には、1942年、ナチス・ドイツがユダヤ人の移送と殺害について討議したヴァンゼー会議などの過去の戦争の歴史や、ロシアの侵攻によるウクライナの難民問題など現代にも触れ、難民に対して扉を閉じている日本の姿勢も問いかけている。

 関連作品として、2022年9月にイスラエルのハイファで展示される前作の映像インスタレーション作品《Evacuation》にも話題は及んだ。

 ナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人が出国するために用いられたビザの名目上の行き先であったカリブ海のキュラソー島を映した美しい映像は、杉原千畝と亡命ユダヤ人の歴史がテーマになっている。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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