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清野祥一展 ウエストベスギャラリーコヅカ(名古屋)2月6日まで

ウエストベスギャラリーコヅカ(名古屋) 2021年1月19日〜2月6日

 清野祥一さんは、1948年、北海道生まれ。愛知県長久手市在住。ギャラリーでの個展のほか、1995年の第一回光州ビエンナーレ(韓国)などにも出品したベテランである。

 陶芸と現代美術にまたがる作品を展開してきた。

清野祥一

 物質の焼成というシンプルな方法によって、物質の存在と変容、循環と時間について深い洞察を与える作品である。

 清野さんの作品は、地殻で数千万年、数億年という長時間の化学変化が起こる岩石の変成作用に似て、燃やすというプロセスを人為的に進めることで物質を変容させる。 

 言い換えると、物質を焼成するという行為はするが、それ以外に、恣意的に人間が力を加えて形を作ることはせず、火の力のみで表現する。

 できる限り素材に手を加えず、そのまま提示するという、主客を超えたこうした考えは、1960年代末から70年代にかけての「もの派」と、「もの派」以後に向かう時代には、とても影響をもった。

清野祥一

 1980年代半ば以降、清野さんが素材にしてきたのは、グラファイトである。

 グラファイトは、ダイヤモンドと同様、炭素だけでできた元素鉱物である。

 一般に炭素を含んだ物質は有機物といわれる。グラファイトは化合物でないことから、分類上は無機物だが、高温で燃やすと、空気中の酸素と結合して二酸化炭素として気化する。

 今回は、そんなグラファイトを焼成し、4つ並べたインスタレーションを見せている。

 それぞれは、もともとは同じ形態のグラファイトの塊であるが、焼き方を変えているのがミソ。

 一番奥のグラファイトは、800度で1回焼いた。一部のグラファイトは固体から気体へと昇華しているものの、まだ固体の元の形がしっかり残っていて、色も黒が濃い。

清野祥一

 次は、1150〜1200度で1回焼いたもの。角がとれて、まろやかな丸みを帯びた形になっている。

清野祥一

 3つ目は、同じ1150〜1200度で2回焼いたもの。さらに気化した部分が増え、空隙が増えて原形をとどめなくなっている。

清野祥一

 いちばん手前は、 同じく3回焼いたもの。かなりの部分が気体になったので、グラファイトが痩せ細り、すかすかな感じがある。

清野祥一

 より高温で長く焼いたほうが、固体が気化し、物質的な存在が希薄になっているのだ。

 燃えて、鉱物が気体になって空気中に放散されたのである。

 遺物として残ったグラファイトを、清野さんは「存在の影」と呼んだ。

 存在していた物質が、燃えて空気中に放たれたことで見えなくなっていく、その痕跡である。

 この「存在の影」によって、物質の変容、かつて存在した鉱物の気配と、気体の昇華を視覚化したのが清野さんの作品だといえる。

 清野さんは、焼成によって、物質の変容するさまを見せるとともに、グラファイトという元素鉱物に内在する地殻深くにあった太古から、大気に放出された気体という未来への時間、炭素の循環と永遠不滅を意識させる。

 「存在の影」としてのグラファイトは、物質の「死」を象徴するとともに、その生成変容、永遠の循環する時間、すなわち「不生不死」をも暗示するのである。

 

 

 

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伝えること、文化芸術とメディアについて

1980年代から、名古屋、東京、関西で文化芸術を見てきた。新聞文化面、専門雑誌、「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、自ら新聞文化欄を編集、美術、映画、演劇などの記事を書いてきた。2000年代に入ると芸術批評誌を立ち上げ、2019年にはWEBメディアを始めた。文化芸術とメディアの関係、その歴史的展開、メディアリテラシー、課題と可能性、レビューや伝わる文章の書き方、WEBメディアの意義、構築方法について、若い世代に伝えたいと考えています。

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