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佐藤杏子展 A・C・S(名古屋)で10月30日まで 

ギャラリーA・C・S(名古屋) 2021年10月16〜30日

佐藤杏子

 佐藤杏子さんは1954年、茨城県土浦市生まれ。1980年、多摩美術大大学院修了。97年から98年にかけ、文化庁芸術家一年派遣在外研修員としてチェコ共和国に滞在した。

 現在も、土浦市を拠点に制作。東京、名古屋などで個展を開き、日本版画協会展ほか多数のグループ展に参加している。

佐藤杏子

 以前は、具体的な形象もモチーフにしたようだが、現在は、直線や折線、細胞のようなにじみ、連続するドット、幾何学形態などで構成された抽象的な空間である。

2021年 銅版画・蜜蝋画・ドローイング

 今回は、銅版画、蜜蝋画を中心に展示。いずれも余分な装飾を省いた簡素なドローイング的作品ながら、それぞれの制作プロセスによって、空間の味わいを変化させている。

 銅版画は、ドライポイント技法で、シンプルなモノクロームの世界を見せている。

 一部にベタに塗りつぶした黒い色面が確認できるものの、大半は、たどたどしいともいえる線が基本である。

 これらの線は、はかなく弱々しくも、その震えるようなありようによって、弱さの中に、存在することの強さを秘めている。それは、引かれた線ではあるが、運動によるというよりは、存在による痕跡なのである。

佐藤杏子

 そして、そのミニマルな線の変奏、震え、重なりによって、つまり、かすかな存在の響きによって、余白の広がりと奥行きの豊かさの感覚を見る者に感受させる。

 何かを描くことによってではなく、最小限の存在の声、精神の震えによって、自らがいま、ここに在ることと、その空間を表象しているように思える。

 ニードルで版面に直接に刻み込むドライポイントゆえに、自分自身のそのときどきの精神の姿を手から伝わる響きとして転写できるのだろう。

佐藤杏子

 佐藤さんの作品は、制作プロセスがシンプルで、表出された空間も切り詰められている。

 線は、自動筆記に近いかたちで引かれるが、佐藤さんは、1年間に1000点以上のドローイングをすることで、できる限り作為的、意識的な動きから遠く、抑制の中にあって自然に手が動くように線を生成させている。

 それに比べると、蜜蝋画は、制作プロセスがもう少し重層的で、面の広がり、重なりや淡い色彩、微妙なニュアンスによって、ドライポイントとは異なる印象を与える。

 湯せんした蜜蝋を紙に載せて、膜状にした後、それを引っ掻いて、イメージを描く。その上に水性インクの層を重ねると、蜜蝋の油分でインクがはじかれ、引っ掻いた溝にインクが入る。

佐藤杏子

 ティッシュを載せ、アイロンを当てると、余分な蜜蝋が吸収され、イメージが定着される。

 インクは黒のほか、白、緑も使っている。興味深いことに、上に載せたはずのインクが蜜蝋の下層に入っているように見える部分がある。

 つまり、蜜蝋の解け具合によって、層の上下が入れ替わるようになっている。聞くと、アイロンを上から当て、蜜蝋、インクをサンドイッチにしたときに、上層と下層の温度差によって、こうした現象が起き、インクが紙に染み込む。

佐藤杏子

 ここでも、作為を超えた偶然性の美しさがある。

 蝋を使った手法は、群馬県を拠点とした画家、豊田一男さん(1909~1989年)が、ルーマニア生まれで、フランスでシュルレアリスム運動に参加したヴィクトル・ブローネル(1903〜1966年)の作品にヒントを得て作品を発表した。

 谷川晃一さんなども蜜蝋画に取り組んだようだが、佐藤さんは、コラージュの手法を組み合わせるなどして、変化に富んだ作品に仕上げている。

 銅版画、蜜蝋画とも、それぞれに印象は異なるものの、切り詰めた静謐なドローイングを基にすることで、佐藤さんの存在を内なる世界として映し出している。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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