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ALIVE5 堀尾貞治_廃材から生まれた千点の絵画​ Gallery NAO MASAKI(名古屋)で2023年10月7-22日

Gallery NAO MASAKI(名古屋) 2023年10月7〜22日

堀尾貞治

 堀尾貞治さんは1939年、神戸市兵庫区生まれ。1965年、第15回具体美術展に初出品し、1966年、具体美術協会の会員となった。

 具体には、1972年の解散まで参加。その後、1985年頃からは、一貫して、「あたりまえのこと」というテーマを掲げ、年間100回にも及ぶ超人的なペースで、個展、グループ展、パフォーマンスなどを国内外で繰り広げた。

 2018年11月、80歳を目前に亡くなるまで、あたりまえの生活と制作が続いた。制作が、特別なこと、承認欲求や向上心、名誉、お金のためのものではなく、生活とともにあって、それは生きていることとイコールであった。

 主な展覧会に、2002年「堀尾貞治あたりまえのこと」(芦屋市立美術博物館)、2005年「横浜トリエンナーレ 、堀尾貞治+現場芸術集団「空気」連続82日のパフォーマンス」、2013年「Gutai: Splendid Playground オープニングパフォーマンス」(グッゲンハイム美術館 /N.Y.)、2014年「堀尾貞治『あたりまえのこと<今>』」(BB プラザ美術館 / 神戸)、2022年「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」(森美術館/東京)など。

 Gallery NAO MASAKIでは、2019年「ALIVE 生き続ける芸術」ハシグチリンタロウ・堀尾貞治、2020年「ALIVE」佐藤貢・堀尾貞治、2022年「ALIVE4_堀尾貞治について」などを開いている。

 「あたりまえのこと」という一貫したテーマのもと、目に見えない空気のように意識されることさえない日常生活そのものが制作という毎日を生きた。

 中学卒業後から1998年の定年退職までの三菱重工業神戸造船所での労働、その後の年金生活とともに生きる日常。

 身体から生みだされる空気のように消えていく生命の力、その連続する瞬間に自分が存在したことの見えない意味を可視化するような美術表現に挑んだ。

 生から死へと向かう命の流れの中で、無常な世界の時間に身を任せ、自分という存在にとって欠くことのできない、あたりまえの制作実践として、膨大な作品を生み出した。

 これまで、NAO MASAKIで開かれた堀尾さんの「ALIVE」シリーズでは、いろいろな物に、一日一色一本のアクリル絵具を塗り重ねる「色塗り」や、山積みの画用紙に1分ほどの猛スピードで次々と仕上げていくドローイング「一分打法」など、いずれも日課として続けたシリーズを中心に、KISS絵画(モノタイプ)や、立体など多様なタイプの作品が展示された。

廃材から生まれた千点の絵画

 「ALIVE」5回目となる今回は、千点の絵画を描こうという堀尾さんの壮大なプロジェクト「千GO千点物語」の絵画に絞った展示である。

 「千号サイズの絵を描きたい」という作家の言葉から、「千点なら可能だろう」という発想につながって取り組んだ2016年のプロジェクトである。

 その年の2月から計6回、奈良県大和郡山市にある喜多ギャラリーに堀尾さんと芸術家仲間が集結。イベント会場で使用された壁面用の木工パネルの廃材を加工した大小さまざまなサイズの支持体を地面に置き、次々と描いていった。

 描いたのは、2月15日、3月18日、5月22日、6月26日、9月4日、10月4日という6日間。

 パネルはベニヤ板サイズを半分にした90cm角の正方形のものが多いが、それ以外に、ベニヤ板サイズそのものや、小ぶりな矩形のパネルもある。平均すると、1日あたり160-170点ほどを描いたことになる。

 制作された1000点のうち、約250点が2023年10月17日から12月24日まで、神戸市灘区の「BBプラザ美術館」での展覧会「堀尾貞治 あたりまえのこと 千点絵画」で公開。同シリーズのレゾネも発刊される。

 そして同時期に、NAO MASAKIでも、28点が展示されることになったのである。

 制作の様子を撮影した写真を見ると、堀尾さんは、地面に並べたパネルの間を歩きながら、同時に数十枚に描いている。

 支持体となったパネルは、使用済みの廃材だけに、広告などのシートが剥がれていたり、汚れがついていたりと、さまざまで、色や質感にも個性があって、堀尾さんは、それが生かせるような描き方をしている。

 瞬時に判断し、猛スピードでドローイングをする「一分打法」の経験があって、その制作は可能となること。ペンキやアクリル絵具、墨などで描くのみならず、叩く、炙るなど、いろいろな方法で制作している。

 即興による制作は、余計な思考を排除するためだが、単に力任せではない研ぎ澄まされた集中力と瞬発力で、エネルギーを注いだことが分かる。

 堀尾さんにとって、制作そのものが生きることである、とは、自分自身の生命を内から外に向けて発揮し、物を作ることである。

 そして、その数が夥しく、発表の機会が多かったとは、すなわち、それだけの生命力があったということである。

 徹底的に生きた、生きていることを使い切ったのである。創造することが生きることだと分かっていたのである。自然には存在しないものを、自分が作ることが生きることだから、それをあたりまえのように続けたのである。

 彼の作品は、その痕跡である。私たちは、それを見ることしかできない。本当の意味は、制作していた行為、その挑むエネルギーにあったのである。

 だから、他の人を踏み台にするのではなく、自分自身があたりまえのように生命の力を発現させ、それを他の人が面白がった。

 私たちは、たとえ、作品という痕跡であっても、そこから、堀尾さんの、知を超えた、とてつもないいのちの働きを感じることができるだろう。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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