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尾山直子 ぐるり。FLOW(名古屋)で2023年1月8-22日

PHOTO GALLERY FLOW NAGOYA(名古屋) 2023年1月8〜22日

尾山直子

 尾山直子さんは1984年生まれ。埼玉県で育ち、現在は東京都内を拠点としている。世田谷区の桜新町アーバンクリニック在宅医療部の看護師で、同時に写真家である。

 訪問看護師の仕事をする過程で、老いゆく高齢者の思いをすくい上げようと撮影した写真が遺影に使われる経験を重ねた。

 撮影技術を磨こうと、看護師として働きながら、京都造形芸術大学通信教育学部で写真を学び、2020年に卒業。最初の個展を2021年12月に開いた。

尾山直子

 その後、2022年7月には、神戸市での第4回日本在宅医療連合学会大会のシンポジウム連動企画「そこここの暮らし展」の中で展示された。今回は、5回目の展示となる。

 いずれも展覧会タイトルは、「ぐるり。」である。人が身命を賭して、老い、死という人間にとって根源的なことを看取りのプロセスで子や孫に伝えていくことを「ぐるり=循環」と捉えて付けたタイトルである。

 作品は、死を隠蔽する現代社会のあり方を問い直し、かつて暮らしの中にあった看取りの文化を現代に再構築するためのものである。

尾山直子

 つまり、作品は現代芸術として、生と死の境界のイメージや老いた人々との対話を通じて、死生観、看取りの意味を考えさせる。

 展示は、デザインリサーチャーの神野真実さんとの共催となる。

ぐるり。2023年

 今回の作品展の被写体は、東京都世田谷区に息子と暮らし、90代前半で逝去した「えいすけさん」。作品のほとんどは、亡くなる一週間ほど前のスナップである。

尾山直子

 尾山さんによると、昭和20年代頃までは、自宅で亡くなる人が8割だったが、今はほとんどの人が病院や施設で亡くなる。

 老いや死を遠ざけ、生活の時間の流れから切り離したことで、現代の人たちにとって、死が突然遭遇する「点」になったことに気づいた尾山さんは、日常として老いや死を思う時間を取り戻すことが人間にとって必要ではないかと考えた。

 尾山さんの作品は、衰弱しながらも存在することによってのみ発することができるその人らしい尊厳と、生のメッセージを静かに受け止めているようである。そこには、最期に向かう日常の確かな手応えと物語がある。

尾山直子

 会場には、看護師に促されて、えいすけさんが2年ほどの間に書き留めた言葉も展示されている。

「サンタさんにお願い
 今年も良いお正月を迎えられます様に祈ります
 少しでも人々を喜ばせる事ができます様に祈ります」——。

「良き日々にめぐまれます様に祈っています。
 これからの人生を大切に出来る様祈っています。
 日々を大切にとこころがけています」——。

尾山直子

 毎日に感謝しながら、生を紡いでいる温かい時間、美しさや楽しさの感覚、息子を大切に思う気持ち、微笑ましいユーモア‥‥。

 えいすけさんの言葉を読むと、死を前にした人にも、かけがえのない日常があることに改めて気付かされる。

 最後の生のエネルギーが見せる崇高さ、ケアする人とされる人の、〈いのち〉がつながるような尊厳、そして、その日常的なリアリティー。

尾山直子

 遠ざけられた老いと死が日常の生活空間に呼び寄せられ、閉じられたケアの現場が現れることで、美しい時間が生まれている。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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