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西村正幸展 ナモナキヒトリ ガルリ・ラペ(名古屋)で9月18日まで

ガルリラぺ(名古屋) 2021年8月28日〜9月18日

西村正幸

 西村正幸さんは1957年、奈良県生まれ。1981年、京都精華大学美術学部デザイン科卒業、1983年京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻版画修了。

 1988年から2018年までの30年間、名古屋芸術大学美術学部で版画を指導。2020年春から、母校の京都精華大学デザイン学部に移り、アートとデザインの領域を融合・横断できる表現者を育てている。

 長くイラクやアフガニスタン、サハラ砂漠地帯など、戦争の現場や紛争地で最も被害を受けている子どもたちをテーマに作品を制作している。

西村正幸

 西村さんは過去にも、アパルトヘイト、コソボ紛争など、社会的なテーマを扱ってきた。

 戦争や紛争、差別などの被害者の中でも、子供たちや高齢者、女性など弱者にしわよせがいくという認識が、西村さんの作品の原動力にもなっている。

 展覧会タイトルの「ナモナキヒトリ」には、 そんな多くの普通の人たち《MANY OF US HAVE NO NAME》への思いを込められている。

西村正幸

 西村さんは、若桑みどりさんが最晩年の著作「クアトロ・ラガッツィ」のエピローグに書いた言葉によって、「ナモナキヒトリ」に導かれた。

 クアトロ・ラガッツィ(4人の少年たち)である天正遣欧少年使節( 伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルティノ、中浦ジュリアン)と、随行してバチカンに赴いた日本人少年の活版印刷工、コンスタンチノ・ドラードは、権力者でなく、名もなき少年に過ぎなかったが、そうしたヒロイックな生こそが歴史をつくるのだという思いである。

 それは、埋もれた社会史を掘り起こす姿勢に近いと言ってもいい。社会史とは、政治史や経済史など、正統・伝統的な歴史学において無視されてきた領域に光を当てる手法で、アナール学派がよく知られる。

西村正幸

 つまり、歴史を動かしたのは、国王や政治家など著名な歴史上の人物ではない、名もなき民衆であると。

 ちなみに、1980年代、筆者が学生時代を過ごした大学には、『青きドナウの乱痴気 ウィーン1848年』などの著作で知られる良知力さんなど、社会史という系譜にある高名な研究者の方々がいて、目を開かされた。

ナモナキヒトリ

西村正幸

 “MANY OF US HAVE NO NAME  ナモナキヒトリ”。

 今回の作品にも、子どもたち1人1人への思いが貫かれている。

 西村さんの作品は、史実のドキュメンテーションというわけではないが、事実に対する思いによって突き動かされた創作によって、作品が語りかける力を持つのである。

 「NO WAR」という声高な叫びでなく、もう少し婉曲的な、繊細な表現であるが、だからこそ私たちの心に響くのである。

西村正幸

 西村さんの場合、それは、宇宙から見た地球の大地と水のイメージである。子どもたちが生きた地図=日記のような世界である。それは、命のあかしのようでもある。

 西村さんの絵画は、青がとても印象的である。青といっても、濃いものから薄いものまで、純度の高いものから混じり合ったものまで、透明感のあるものからくすんだものまでと、さまざまである。

 そして、多様でありながら全体が美しい。青は大地を表し、白は水を表す。あるいは、曲がりくねった道が画面のそこかしこに走る。

西村正幸

 大地と水、道、言葉で構成され、家々や、ぬいぐるみ、鳥、芽‥‥など、ささやかだけれども大切なさまざまな小さな要素が加えられている。

 大地は、私たちが歩き、生きていることを実感できる場所であり、水は生命を支える。道は、出会いの豊かさ、子どもたちが生きる自由を表しているようにも思える。

 戦争や紛争は、いまなお、なくならない。この地図は、地球が子どもたちの命をはぐくむとともに、破壊と怖れにさらされていることをも暗示している。

 簡単には答えが見つからない複雑な世界。西村さんは、この困難に向き合うとき、ネガティブ・ケイパビリティともいうべき姿勢で、問い続けている。

西村正幸

 ネガティブ・ケイパビリティは、英国の詩人ジョン・キーツの手紙に出てくる言葉で、容易な答え、解決がない、不確実さや懐疑、宙吊りの状態に耐えながら、共感とともに生きることを意味している。

 筆者の手元にも、日本でこの概念を紹介した帚木蓬生さんの著作がある。

 戦争がなくならないという困難に向きあう西村さんの生き方自体が、ネガティブ・ケイパビリティであり、だからこそ、西村さんは長い間、このテーマの作品をずっと制作してきたのである。

 人間の罪、民族や宗教の対立、戦争と平和、加害と被害、生と死‥‥。簡単に結論が出ないことだからこそ、西村さんは考え続け、問い続けている。

西村正幸

 それは、痛みを理解しようと、共感し続けることでもある。信念を曲げないという自身の制作スタイルは、そのまま若い作家へのメッセージにもなっている。

 リノカット版画によるイメージの断片が連なった細長い絵巻風の作品や、蛇腹の絵本のようにした作品もある。

 2021年7月に66歳で他界された画家、設楽知昭さんへのオマージュというべき作品(写真上)もある。2人は同世代で、教員を務める大学は違ったが、接点があった。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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