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中田奏花展 ギャラリー芽楽(名古屋)5月7-22日

Gallery 芽楽(名古屋) 2022年5月7〜22日

中田奏花

 中田奏花さんは1996年、東京都国立市生まれ。名古屋市在住。愛知県瀬戸市にある若手アーティストの共同アトリエ「タネリスタジオ」で制作している。

 ​中学生の頃、レンブラントの作品を見て、絵画の道を選んだ。愛知県立旭丘高校美術科を経て、​2020年、​愛知県立芸術大の油画専攻卒業。​​同大学院美術研究科博士前期課程油画・版画領域に進んだ。

 逆光の中の対象を油彩で描いている。ギャラリー芽楽では2021年に続く個展である。

ギャラリー芽楽 個展「―窓のない―」 2022年

Gallery 芽楽(名古屋) 2022年5月7〜22日

中田奏花

 中田さんは、逆光の中の人物や体の一部、物をモノクロームで描いている。周囲は白で塗りつぶされているため、描かれた人物や物が切り抜かれたような印象も受ける。

 「絵の人」と題された3点のモチーフは女性。1点は、正面向きの立った姿、別の1点は立っている後ろ姿である。もう1点は、座って、体をひねるように顔をこちら側に向けている。

 濃淡を変えて顔や服装などが描いてあるので、近づけば、顔の表情や服装のデザイン、しわ、立体感はなんとなく分かるが、よく見えないイメージである。

 逆光の中で、女性は存在しているようでもあり、存在していないようでもある。あいまいな姿、希薄なものとして、そこに見えている。

中田奏花

 向こう側から光が照射されているにもかかわらず、手前に影がなく、むしろ、女性が実在と不在、あるいは非在のあわいの影のようであることによって、よりいっそう、そうした印象が強まる。

 逆光であるということは、光が当たっている向こう側は、よく見えているはずであるという推測はできる。

 つまり、中田さんは、順光によって見える形や色、表面を明確に描写するのではなく、逆光によって見えない「裏側」を描いている。

 下地を丁寧に塗り重ね、白を平筆で左から右へのストロークで均質に塗ることで、背景は空間として、あるいは、平滑な面として、微妙に均衡する。つまり、女性は空間に浮いているようにも見えるし、切り絵を貼ったようなフラットな印象も与えるのである。

中田奏花

 タイトルの「窓のない」は、額縁(フレーム)がない、すなわち、絵画空間と外部の現実的な空間を隔てる境界がない、という含意である。

 逆光の中のモノトーンの人物、物をあいまいな空間性 / 平面性の中に描くことによって、形や色、表面を再現的に描くというリアリズム、イリュージョニズムが減じられ、平筆でシステマティックに引いた白い絵具の物質性が強調されている。

 中田さんは逆光の中の対象を描く、つまり、見えない状態を見えないままに、空間性と平面性の境界、イリュージョンと物質性のあいだに置くことで、そのイリュージョンという虚構と物質性、平面性が実空間の中でせめぎあうような現実としての絵画を考えている。

中田奏花

 絵画空間の向こう側を遮っている手を描いた小品の連作もある。

 この作品も、空間の向こうを見えなくしている手というイリュージョンが実際の空間に溶け出す感覚と、絵画としての平面性、物質性のあわいを感じさせて、興味深い。

 中田さんは、演劇、とりわけ、愛知県芸術劇場でも公演があった松原俊太郎さんの戯曲が好きだという。演劇がもつ虚構性 / 現実の関係と中田さんの制作は、一脈相通ずるところがある。

 「窓がない」「フレームがない」とは、逆光の中の対象、場面を虚構として描きながらも、その絵画としての生々しい感覚が実際の空間の中で鑑賞者に働きかける試みであろう。

ギャラリー芽楽 個展「よく見えない」 2021年

Gallery 芽楽(名古屋) 2021年2月13〜28日

中田奏花

 メインの作品は、影のように描かれた家族の団欒らしい場面である。

 逆光の人物が描かれた、陰画ともいうべき影のイメージである。

 うつむいた姿勢もあるせいか、重々しい雰囲気に見える。団欒でないかもしれない。何か深刻な家族会議のように見えなくもない。

 影の部分は、体つきや服のしわなども描かれているが、地の白色がベタ塗りのせいもあって、浮遊感がある。

 粛然とし、同時に浮いている軽やかさ、それが中田さんの絵画の印象であった。

 重々しくても人物の表情、感情は分からず、別の作品で描かれた花やリンゴ、鉢植えなども、周囲と切り離され、無彩色であるため、情感は排除される。

中田奏花

 影を描いた絵画と言ってもいいかもしれない。

 絵画の起源は、影の輪郭とも言われるし、影といえば、プラトンのイデア論の洞窟の囚人の例えもあるから、興味深い。

 美術史の世界では、ヴィクトル・I・ストイキツァ著『影の歴史』も、よく知られている。

中田奏花

 アンディ・ウォーホル、高松次郎をはじめ、影をテーマにした作品を描いた画家は多い。中田さんが、自分が掘り下げる部分を強く意識していることが分かる。

 遠くのものが小さく見え、近くのものが大きく見える遠近法は、この世界の三次元的世界を二次元のイリュージョンで表現する絵画の基本的な方法である。

 そうした遠近法に対する、反-遠近法があるとすると、中田さんの作品は、正面から光が当たっている通常の順光に対する反-順光、すなわち、逆光の絵画である。

中田奏花

 つまり、光が当たっているから見えるという、当たり前の受動性でなく、むしろ、逆光で見えないという認識からスタートして、描いている。

 見えることから、そのまま実在を立ち上げるのではなく、見えないからこそ、能動的に見ることを鑑賞者に求めている、と言えなくもない。

 光が当たって見えるという事物の現れかたに依存することなく、私たちは、見ることができるのだろうかと。

中田奏花

 中田さんは、そんな複雑で不確かな世界を、逆光に浮かび上がる影を描くことで、見えないことを見ているようにやり過ごして生きている私たちを射抜く。

 逆光で撮影された写真のイメージをパソコンで操作した作品も展示された。

 影は、実在の分身でありながら、不気味な霊的な存在感を醸し、見えないがゆえに想像力をかきたてる。

中田奏花

 視覚芸術を目指し絵画を描きながら、見えていないことを大切にしている画家である。今後、どんな展開を見せるだろうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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