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白水社が岸田戯曲賞選評を発表 —松原俊太郎さん「山山」について

 2019年3月に発表された第63回岸田國士戯曲賞の選評を、主宰する白水社が発表した。受賞作「山山」を書いた松原俊太郎さんは、第15回AAF戯曲賞(愛知県芸術劇場主催)を「みちゆき」で受賞し、作品が2016年、劇団「地点」の三浦基さんの演出によって同劇場で上演された。地点は17年、松原さんの長編「忘れる日本人」も上演している。
 審査員の意見は様々だった。やや戸惑いを感じた様子なのが、岩松了さんと、ケラリーノ・サンドロヴィッチさん、野田秀樹さん。岩松さんは、理屈のオンパレードで読むのに苦痛だが、理屈の果てにある感情に突き当たった感覚に襲われたと振り返り、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんも、高密度な言葉は新鮮で個性的としながら、どこまで「自分なりに読めているか」に自信が持てなかった、と複雑な読後感を吐露。さらに、1度目の選考投票で一人「反対票」を投じたという野田秀樹さんは、作家のメモとしか読めない「独白」が多用され、「近頃の流行」なのだろうから、と手厳しい。
 平田オリザさんは、「圧倒的な才能の登場」と評価しながら、昨年の神里雄大さん(岡崎藝術座)に続く独白系の戯曲の受賞に、対話型の作品を書く作家の奮闘を期待する—などと、野田さんに通じる感想を漏らしていた。
 強く推したのは、岡田利規さんと、宮沢章夫さん、柳美里さん。岡田さんは、「戯曲一般として圧倒的」で「打ちのめされたので、強く推した」とし、東日本大震災がもたらした現実を基にしながらも、現実の反映としてでなく、完全に独立した虚構世界を演劇的な仕方で作り上げている、と評価する。岡田さんは同時に、その上演空間に投げ込まれる言葉の数々は詩的、かつ理屈っぽくもあるが、震災及びその後の現実と感情を言い当てている、とする。
 宮沢さんは、誰が誰に発しているのか分からない言葉が、何人もの口から発せられ、それがどこにも反射せず、今いる場所がどこなのかも全く分からないことで、ゾッとするような無反響の冷たい空間を確信犯的に意識させ、言葉が強度を得ているとし、そうした方法論が「今」を示していると説明。それは、90年代以降に生まれた日常的な言葉で構成される劇作の方法と異なり、現代を語る一つの試み、いわば「非言語遊戯的言語遊戯」とした。
 柳美里さんも、「山山」を「息を呑むほど完成度が高い戯曲」と高く評価。言葉が饒舌であるだけでなく、吃り、途切れ、沈黙を孕み、全体の輪郭は一向に見えないまま黒っぽいものがおおきく膨らんでいくとし、松原さんの立ち位置について、「知の荒野に立ち、苦しみの場所を展望している」と表現した。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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