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モニカ・メイヤーさん公開レクチャー あいちトリエンナーレ

あいちトリエンナーレ2019に参加するメキシコ出身のアーティスト、モニカ・メイヤーさんによる公開レクチャーが2019年6月24日、名古屋大で開かれた。1954年生まれのメイヤーさんは、メキシコのフェミニスト・アートのパイオニア的存在。トリエンナーレに出品する参加型プロジェクト《The Clothesline》を中心に、ジェンダー間の不均衡を可視化するフェミニズムアートの歴史や意義を強調した。アーティストの嶋田美子さんも、従軍慰安婦などをテーマにした主要プロジェクトを紹介。これらを踏まえて、名古屋大大学院の馬然准教授、あいちトリエンナーレ2019の芸術監督、津田大介さん、司会の名古屋大大学院の長山智香子准教授を交えたディスカッションもあった。25日からは、作品の一部となる4日間のワークショップが開催された。
《The Clothesline》は、メイヤーさんが1978年から世界各地で実践してきたプロジェクト。日常生活で感じる偏見やハラスメントなどをピンク色の紙に書いてもらい、物干しロープ(clothesline)に展示する。公共空間で声を上げられない人に告白できる環境を提供し、社会構造から生じるダブル・スタンダードについて観客に気づかせて対話を促す作品だ。

モニカ・メイヤーさん

メイヤーさんは、自身のこれまでの経歴と周囲を含めたフェミニズムアートの展開、《The Clothesline》以前のメキシコの性的暴力を主題とした作品、そして、今回の《The Clothesline》の順に話した。
最初にメイヤーさんがこれまでのキャリアを説明。アートを学んだ1970年代、美術大学で、フリーダ・カーロをはじめ女性のアーティストが紹介されることはなく、また、女性は出産するとクリエイティヴィティを失うという空気の中で、発言する意味を感じ、フェミニストになったという。
20世紀のメキシコ美術では、1920、30年代に壁画運動が起こり、70年代もアーティストが社会的、政治的な題材を扱ったが、階級の問題、民主主義、特に学生が虐殺された1968年のトラテロルコ事件を取り上げた作品が多くあった半面、人種差別やフェミニズムを主題にしたものはほとんどなかった。メイヤーさんが最初にフェミニスト運動に加わったのは1976年。当時は、30人ほどが運動に参加し、妊娠中絶の自由を訴え、強制的な不妊手術やレイプに対する抗議を展開していた。メキシコでフェミニストを表明した初めての美術展を開催したのは77年だった。
この頃のフェミニスト展の出品作「normality(正常性)」は、レイプや中絶をテーマに、正常であるとはどういうことなのかを問いかけた。作品は、チャート形式のアンケートになっていて、観客がテキストの内容に対するリアクションのアンケートに答えていき、得点が10以下だと正常だと判断された。誰も10以下にならないように、質問内容は「動物と性交渉したい」「人のいる劇場で性交渉したい」「レイプ犯としたい」など。タブーによって、正常性と異常の恣意性、抑圧と自由の境界の更新を意識化させる作品になっている。

 次にメイヤーさんが言及したのは、米ロサンゼルスでの活動。1978年に、ジュディ・シカゴ(70年代初期の米国フェミニスト美術運動の中心的存在)らが設立したロスのフェミニストのアートスクール「ウーマンズ・ビルディング」に参加し、作品が変化した。米国のフェミニストの間では、女神を祀る習慣があり、その中にはグアダルーペの聖母というメキシコで最も敬愛されている宗教的シンボルも含まれた。理想の女性の典型を表している聖母がフェミニストの象徴として掲げられていることを疑問に感じたメイヤーさんは、理想の女性の典型、自己犠牲的、利他的な母を表している聖母のシンボルを盲目的に受け入れることを批判的に表現したドローイングを制作。ロスでは、ジュディ・シカゴらの支援によって、多くのこと、特にあらゆる時代の女性の貢献を復権させること、その活動をアートの世界で進めることが重要だと学んだ。当時は、パフォーマンスグループが台頭。美術館の外に出て、レストランやコインランドリーなど一般人のいるところでパフォーマンスも展開した時代だった。
 レズビアンをテーマにした展覧会の際には、過去から語られていることに変化を起こし現在の活動とともに未来に残すべきだと、作品の記録写真のスライドを図書館に保管してもらおうとした。当時は、あるべき社会を求めて、自分たちがアートを定義する試みとして、ストリートでのデモンストレーションや、スザンヌ・レイシーを中心に政治的、芸術的活動を通じて女性への暴力撲滅を目指した社会実践プロジェクトにも参加。ロス滞在時は、米国とメキシコの女性アーティストが交流する場もつくった。

モニカ・メイヤーさんの講演会の様子

 メキシコのフェミニストは、アートとアクティヴィズムを統合させようと様々な活動をしていた。母の日に実施したプロジェクトでは、妊娠中絶の選択権の合法化に賛成するための行進を展開。その後、メキシコシティーでは中絶は合法化されたが、他の州ではいまだに禁止されているところがあるという。メイヤーさんによると、現在も、中絶かどうかに関わらず250人の女性が流産を罪に問われて投獄されている。1983年には、メキシコで二つのフェミニストのアートグループが登場。80年代を通じて、男性の1日母親体験、メールアート、ドローイングなど母親、家事、母娘の関係などを主題にした多様な活動を展開した。
 続いて、メイヤーさんは、女性への暴力を題材にしたメキシコのアーティストの作品を紹介。フリーダ・カーロなどを例に、この主題は新しいものではなく、アーティストは長い時間をかけて告発してきたが、それでも女性やフェミニストへのヘイトによる殺人は増え、今も1日9人の女性が女性であることを理由に殺されていると述べた。
 1978年にメキシコ近代美術館で、cityをテーマにメキシコの若手アーティストを紹介する展覧会が開かれ、メイヤーさんも参加。この時、初めて《The Clothesline》の発端となる作品を展示した。様々な年齢、教育、生活レベルの女性に「街で気に入らないことは何か」という同じ質問を投げかけた。当時はまだハラスメントに対する意識が低く、フェミニストの活動はレイプや、中絶の権利を対象とすることがほとんどで、女性たちの答えは「大気汚染」「交通機関の不便」などが主なものだったが、対話的なプロセスを通じて次第に自分たちのハラスメントの経験を書いてくれるようになったという。
 メイヤーさんが最後に紹介したのは、古い新聞の見出しを朗読するパフォーマンス。このパフォーマンスでは、観客は古い出来事なのに昨日のことのように聞こえるという。読み上げた後にシュレッダーにかけるという行為は、社会改革が一進一退である状況下で、歴史と過去を乗り越える強い意志を感じさせた。

嶋田美子さん

 続いて、アーティストの嶋田美子さんが、個の記憶と公共の記憶をテーマとする作品の展開を紹介。2004年から始めた「箪笥の中の骨」のプロジェクトでは、個人が家族に秘密にしていること、家族が世間に秘密にしていることを表に出してもらうという。世間体を気にし同調圧力が強い日本では、女性は海外以上に主張しにくい。日本でファミニズムに対する反動が激しくなってきた2004年、フェミニズムの基本テーゼ「個人的なことは政治的なことである」が機能しなくなった、個人的なことと政治的なことが切り離されてきたと感じ、日韓のフェミニスト・アーティストの共同企画で最初に発表した。
 このプロジェクトを2005年、東京都現代美術展の笠原美智子さんが企画したアニュアル展に出品したときには、1000近い秘密が集まった。内容は、セクシュアルマイノリティーであること、精神的な病気、家族が嫌いだということ、在日など民族的なこと、引きこもり、被爆体験など。嶋田さんの狙いは、アートによって個人と公共が出合う場所を作ることだった。

嶋田美子さんのパフォーマンス

 もう一つは、個人の女性の記憶と、歴史、国家、パブリックな記憶をテーマに2012年から始めた従軍慰安婦に関するゲリラパフォーマンス。背景には、2000年ごろから、ジェンダーフリーバッシングや「新しい歴史教科書をつくる会」(歴史修正主義)など、日本社会の空気が変わってきたことがある。慰安婦の中の10%が日本人女性だったことを可視化する必要も感じていたという。
 最初は、2012年、英国ロンドンで日本人慰安婦像になって日本大使館前に座った。その後、日本の国会前、靖国神社でも実行。昨年は、第4世代若手フェミニスト社会派アートグループ「明日少女隊」からのオファーを受け、米ロサンゼルス・グレンデールの慰安婦像で一緒にパフォーマンスをした。今年5月には、ソウルの日本大使館前でも実行した。韓国にとっては日本人慰安婦だと言っても、韓国の慰安婦の問題と並列にはできない。嶋田さんは「慰安婦問題、性暴力は女性全体の問題であるとともに国家の問題でもあり、フェミニズムがナショナリズムを超えるのは理想かもしれないが、簡単には言えない」と指摘した。

 2人のアーティストの発表に続くディスカッションでは、馬准教授から、《The Clothesline》を日本や愛知の地域性、固有の文脈の中でどう機能させるのかという質問が出され、メイヤーさんは、場所や時代の違いの中で、日常化して気づいていない偏見を自覚してもらうのが作品の本質。様々な場所で実践することでメイヤーさん自身も学んでいるとして、愛知でも自分の経験をシェアして、有意義なものにしたいと述べた。一方、日本での政治的なアートの可否について問われた嶋田さんは、自身が政治的なレッテルを貼られ美術館での展覧会に呼ばれなくなった経験を踏まえ、アーティススト自身が自分の作品をアーカイブして未来に伝えていく必要性を強調。そういう実践を続けないと歴史の中で不可視のものとして忘れられると指摘した。

あいちトリエンナーレのモニカ・メイヤー公開講演会

 あいちトリエンナーレの芸術監督、津田大介さんが現代の女性とフェミニズムの分断について尋ねると、嶋田さんは、分断は最近のことではないとする一方、フェミニズムの状況が悪くなっている中、若手アーティストの可能性にかけたいと主張。メイヤーさんも若い人が潜在的に力を合わせようという機運が高まっていると説明した。会場からも質問が相次ぎ、社会的・政治的作品とユーモア、メキシコと米国のフェミニズムアートの差異、#Me Too運動との関係など、多様な質問がなされ、熱心な議論が展開した。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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