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松村かおり ギャラリーヴァルール(名古屋)で2022年7月5-30日

ギャラリーヴァルール(名古屋) 2022年7月5〜30日

松村かおり

 松村かおりさんは1986年、静岡県生まれ。2009年、愛知県立芸術大学美術学部美術科油画専攻卒業、2011年、同大学院美術研究科美術専攻博士前期課程(修士)修了。

 ギャラリーヴァルールや、masayoshi suzuki gallery(愛知県岡崎市)などで個展を開催。

 そのほか、静岡県内での個展や、グループ展での発表も多い。2015年には、愛知県美術館のAPMoA Project, ARCH vol. 17に参加している。

 名前を知っていたが、これまでは作品をしっかり見る機会がなかった。今回も作家本人に会えていないので、印象的なレビューとなる。

松村かおり

「一点を紡ぐ」

 白い紙に木版画のモノタイプでイメージを転写した作品と、ドローイングがほぼ半々という構成。おおよそモノタイプは2022、2021年の作品で、ドローイングは2017〜2021年に描かれている。2007年のドローイングが2点ある。

 ドローイングは、アクリル、オイルバー、鉛筆などを使っている。

 ほとんどの作品で、タイトルが日付になっていて、これが制作日だと思われる。

 その点では、作家の生の刻印、痕跡という意味合いもあるのかもしれない。

松村かおり

 強い意識で画面を構築しているということはなく、さりとて、放縦というわけでもない。

 不定形の形、色彩の断片、その重なり、連なりによって空間ができていて、対象物やどこかの風景を再現したようには見えない。

 モノタイプの作品は、薄く解かれたインクのしみのような広がりや、微生物のような繊細な線、流れるような動き、粘性のある痕跡が重なり合いながら、おおむね余白との関係で空間をつくっている。

 自意識のコントロールから自由なイメージのように見える。特に木版を使ったモノタイプでは、版という間接性を介しているので、よけいにそうである。

松村かおり

 版面のインクを転写しているからか、デカルコマニーをも想起させる偶発的ともいえるアンフォルムなイメージである。

 だが、松村さんの制作意図としては、そうでないのかもしれない。今回の個展のタイトルは、「一点を紡ぐ」だが、彼女はこの言葉を制作の根本に据えているらしく、過去の展覧会でも使っている。

 「紡ぐ」とは、もともとは、綿や繭の繊維から糸を作ることだが、比喩的に、つないで作り上げていく意味にもなる。つまり、松村さんは、小さな点をつなぐ意識で、線や面へとイメージを広げ、延ばしていることが分かる。

  その意味では、ドローイングのほうが、より点をつなぐ雰囲気が出ているように思う。

松村かおり

 ユニークなのは、点をつなぐという行為が意識的であるのとは裏腹に、イメージがそのコントロールから離れて、無意識なもの、直感的なものに感じられることだ。

 全体にさりげなく描かれたふうであって、特にモノタイプでは、インクが無造作に擦り付けられている趣を見せながらも、空間との出会いの中で打たれた点、そして、そこからつづられた点、線、面が、それらの生々しい関係性によって更新されるように増殖してイメージがはぐくまれる。

 広がりのある色彩と余白、そこに立ち現れてくる、絡まり合うような、おびただしい微細な色彩の群れ、その優しい存在感。

松村かおり

 言うなれば、点が自らの中にはらまれた新たな点を産み出し、その連なりによって線らしきものが現れ、その線から形にうつろいゆく最も初期のような姿が連鎖しながら、独特の景色を生み出しているのだ。

 か細く、多様な色彩が散りばめられた空間。繊細な過剰さ、ひそやかなダイナミズム、にぎやかな静寂、意識的な無意識とでもいうような世界である。

 謙虚な存在としての、ささやかな点が、線が、面が、色彩が、余白とのあわいでスリリングな関係を結びながら、その瞬間の連続として、紡がれている。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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