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増田舞子展 日本画 A・C・S(名古屋)で7月17日まで

ギャラリーA・C・S(名古屋) 2021年7月3〜17日

増田舞子

 増田舞子さんは1982年、群馬県生まれ。現在は、名古屋市を拠点に日本画を描いている。

 筆者は近年、日本画を見ることはほとんどないが、以前は、見る機会が多くあった。

 新聞記者として美術を担当していた1990年代後半から2000年代初めごろは、日展、院展(日本美術院)、創画展(創画会)の日本画3団体は欠かさず見ていたし、その一方で、戦後のパンリアル美術協会など前衛日本画や、現代美術へと転位していく日本画のあり方に興味をもったこともあった。

 その意味で、制度論的なことも昔かじったことがあったが、明治20年代末ごろに定着していった「日本画」は、近代化の中で、フェノロサらによって「洋画」に対するジャンルとして新たに創出された概念であるのだから、その中心線となる系譜は、やはり公募展ということになるのかもしれない。

増田舞子
「えん」

 つまり、日本画は、前近代の伝統的な技法による諸派をまとめながら西洋から流入してきた特徴も混ぜ込みながら、明治の国民国家形成の中で仮構性をもって生まれた。

 それゆえ、「日本画」はかつても、そして、今も「西洋」「伝統」「油彩」「洋画」「現代美術」「絵画」あるいは「アート」という概念から揺さぶりをかけられてきたし、そのことに意識的であることが新たな表現を生み出す力にもなってきたのである。

 増田さんは、2017年に京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)通信教育部日本画コースを卒業。ギャラリーでの個展のほか、日本画家の中島千波さん、中野嘉之さん、畠中光享さんが主催する公募展「Artist Group —風—」などに出品し、2021年には、第8回東山魁夷記念日経日本画大賞展に選ばれるなど活躍の幅を広げている。

 半面、日本画3団体など歴史のある公募展には属さず、自分のペースで制作している。一見、平穏な作風に見える出品作にも、静かに挑むような姿勢が垣間見えるところに強い意志を感じるところである。

 その上で、今回、増田さんの作品を見て驚いたのは、まず圧倒的なサイズの作品「うつせみ」(写真下)である。 「Artist Group —風—」の 第九回展(2020年)に入選した。

増田舞子
「うつせみ」

 この公募展の応募規定では、横7メートル、高さ2.6メートルの壁面を自由に使えることになっていて、応募者が大作を出品している。

 この作品は、空間の構造が分かりにくいところがあるが、逆にそれが魅力になっている。横長の画面に木々の緑、草が茂り、真ん中に光が差し込む穴がぽっかり開いている。

 見下ろした、あるいは、見上げたような構図に見えるが、左右から伸びる太い幹なのか地面なのか分かりにくい茶色が全体の骨格となりながら、空間に、実体とも影とも判然としない樹や緑などのレイヤーが重ねられている。

 その神秘的な空間は、そこに向き合う作者の内面を鑑賞者を追体験させるような深みを持っている。

 この画家の特長の1つとして、「空間の象徴性」とでもいう言葉を当てはめてみようと思った。

 増田さんの資質としては、生活や身近な世界へまなざしを向けながら、単に美しく穏やかというだけでなく、ある種の象徴性を伴っていて、そのことは、筆者の限られた取材経験の中で、高山辰雄さん(1912~2007年)の作品を思い出させた。

 筆者は、美術記者のころ、日本画もそれなりに見ていたが、当時、毎年の日展で最も楽しみにしていたのが高山さんの作品だった。高山さんは、杉山寧さん、東山魁夷さんと並び、日展三山といわれ、文化勲章も受けた巨匠中の巨匠であった。

 1998年には、東京・成城の自宅までインタビューに出掛けたことがある。

 全体を油絵具で塗り込めたような深みがある高山さんの絵肌とは異なるが、 増田さんの、決して美しさばかりを追求したとはいえない作品にも、どこか響き合うような感覚、すなわち、生きることの喜び、悲哀、苦悩に、画家というより人間としての深いまなざしを注いで紡いだ心象的な情景を感じたのだ。

 増田さんの作品の絵画空間には、見る者に対話を促すような人間の内面性、象徴性、神秘性が静かに現れている。

増田舞子
「空と音楽」

 そうした雰囲気は、同じ「Artist Group —風—」 の第7回展(2018年)で入選した「空と音楽」(写真上)でも確認することができる。

  この作品は、その後、2021年の第8回東山魁夷記念日経日本画大賞展にも選ばれた。 この情景では、はるか地平線のかなたに建物などが見えるが、基本的には抽象化された空間で、女性が、パフォーマンス用のテールポイのような赤い布を風に任せるままにゆだねている。

 ニュアンスに富んだ色彩の果てしない空と、白い大地が広がる空間で印象付けられるのは、世界に対峙する女性の内面である。

 壮大な空間の中で、女性の姿と風になびく赤い布が、「V」の字を横に倒したように左方向に開いているというシンプルな構図の中で、やはり、空間の幻想性、象徴性が意識される。

 タイトルに「空と音楽」とあるように、この女性の生きる姿勢とともに、広い空間に存在する見えないもの、すなわち、右から左へ流れる風と、音楽の響きが表現されている。

 この作品で、増田さんが描くのは、逆説的だが、何もない空間の象徴性よって感じられる人間の内なる精神のつながりである。

 だからこそ、地平線のかなたに、見知らぬ人々の生活の営みがある家々が描かれているのだ。はるか遠く世界中の人々の心が、女性の存在と空間によって結び付けられているのである。

 「うつせみ」と同様、鑑賞者は、この絵画空間と対話し、地球にあまねく存在する人々の息遣いを感じながら、自分と世界との関係、生きる姿勢を問い直すのではないだろうか。

増田舞子

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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