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柴田麻衣個展 ーideologyー ギャラリー芽楽(名古屋)で2023年10月28日-11月12日

Gallery 芽楽(名古屋) 2023年10月28日〜11月12日

柴田麻衣

 柴田麻衣さんは1979年、愛知県生まれ。2002年、名古屋芸術大学卒業、2004年、名古屋芸術大学大学院美術研究科造形専攻同時代表現研究修了。

 版画の思考をベースに、レイヤーの重なりを意識させる作品は、絵画の形式、内容の両面からアプローチされたもので、どう描くかとともに、この世界とどう向き合うかへ眼差しを向けている。

 2013年のVOCA展奨励賞受賞の前後から、こうした作品を描いている。ギャラリー芽楽での個展を着実に積み重ね、自分の作品を深めている点にも共感が持てる作家である。

 2022年の個展では危機的な地球環境2021年は宗教と不寛容2020年はユダヤ人迫害2019年は先住民族の文化喪失が、それぞれテーマになっている。

柴田麻衣

 こうして見ると、柴田さんは、現代の世界的な問題をはるかな歴史まで遡って、作品にしていることが分かる。

 もちろん、それを図式化したいのではないし、ある主張を声高に訴えたいのでもない。歴史を遡っていくのも、視点を世界に広げるのも、今、この世界にいる自分自身の思いを絵画空間の可能性の中でいかに視野を広げながら実現していくかに賭けるためである。

 その際、版画で培ったマスキング等の発想、重層的な絵画空間に内在する深いパースペクティブと現前的な物質感の対比、マクロとミクロの視点はとても効果的である。

 柴田さんの作品では、温かく、優しいリベラルな思想と共に、一点透視図法的な統一された世界観でも、物質化した平面性でも、混沌としたオールオーヴァーでもなく、そして、具象あるいは抽象のいずれかでもなく、多様性、重層的こそが尊重されている。

柴田麻衣

 まさに、一つの絵画空間の異なる時間、空間、イメージと筆触、物質が、ポリフォニックに見る者に響いてくる。

ideology ギャラリー芽楽 2023年

 今回のテーマは、ロシアによるウクライナへの侵略、戦争である。

 作品のタイトルは、すべて《ideology》(イデオロギー)である。イデオロギーとは、人間の思想、行動、生活スタイルを根底で制約している観念・信条の体系、世界観のことである。

 筆者は、最初、このタイトルと作品との関係が今ひとつ分からなかったが、おそらく、柴田さんの中には、イデオロギーという、ある種の空理空論によって侵略、戦争が行われ、多くの人々の幸福と命、街が失われていることへの悲嘆があるのだろう。

柴田麻衣

 ウクライナ戦争という、今まさに進行中の世界的な出来事を扱っていることもあって、今回の作品では、これまでとは多少、異なる描法も採られている。

 全体には変わらないのだが、これまでと比べると、描き込みをあえて控えめにしている部分があること、逆に、物質感を強調するようなアンフォルムな絵具の物質的な広がりが以前より、多く見られることなどである。

 それだけ、今起きていることをモチーフにすることの難しさがあり、どう主題との距離を取るかについての逡巡があったのだと推測される。

 もともと、柴田さんは、主張を強調するタイプではないし、まして表現主義的ではない。自身の作品と冷静に向き合うことで、透明感のある奥行きや、絵画の平面性や物質性、ミクロやマクロ、過去と未来など、さまざまな空間、質感、形象、スケール、時間軸のレイヤーを重ねるのである。

柴田麻衣

 今回は、異なるレイヤーを暗示するようなフレームが描かれながら、その中の描き込みを回避している部分が見られることは確かである。

 また、それとも関連するのだが、1つの絵画の中で、さまざまなモチーフの相互の関連性を緩やかにし、マスキングも少なめにすることで、全体を柔らかく構成していることもあって、これまでのようにレイヤーが強調されすぎていない。

 作品の中には、戦車や、破壊されたウクライナの街などとともに、過去に遡って、自由と独立を求める「プラハの春」(1968年)の若者の姿や、第二次世界大戦を示唆する爆撃なども描かれている。

 ロシアと、旧ソ連を構成した国や東欧諸国との関係は、現在だけの視点では語れない、ということなのだろう。つまり、すべてが、大国間のパワーゲーム、力による支配という歴史の産物なのだ。

 その意味で、柴田さんの作品は、国家や民族における全ての侵略や支配を示唆するし、もっと言えば、力と支配によって、幸福と平和、命が脅かされている問題をあまねく取り上げている。いわば、暴力性という人間の罪悪が問われている。

 悲しい戦争がモチーフだが、あえて描き込みを減らすことで、祈りにも似た静寂さによって、イマジネーションを喚起するのが柴田さんの作品である。

 そうした祈りのような思いは、今回、柴田さんが植物をモチーフにしていることからも分かる。

 作品では、戦争をイメージするものばかりでなく、ウクライナにとってシンボリックな落葉低木で、愛国歌、反戦歌にも歌われている赤いガマズミの実や、ヨーロッパの穀倉地帯として知られるウクライナの麦畑などが描かれているのだ。

柴田麻衣

 今現在続いているテーマを描くのは、とても難しい。折しも、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区への空爆が激しさを増しているタイミングでもあり、戦争のイメージを絵にすることは、とても重い。

 民族性、歴史や文化、人間の生の営みに寄り添うことで、透明感のある、多層的な絵画空間をつくってきた柴田さんは今回、戦争の重さに向き合いながら、祈りのような作品として描いたのである。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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