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人生を変えた韓国アニメーション「フェルーザの夢とともに」

 2019年7月6、7日に名古屋・栄の愛知芸術文化センターで開かれた独立系映画祭「花開くコリア・アニメーション2019+アジア」に合わせ、ドラマチックな現実の実写映像とアニメーションが融合した作品「フェルーザの夢とともに」の特別上映に合わせゲストとして名古屋を訪れた韓国のアニメーション作家、キム・イェヨン、キム・ヨングン両監督にインタビューした。映画祭では、TBSテレビ主催の「DigiCon6 ASIA」でKOREA Goldを受賞するなど、2018年の韓国アニメーションを代表する3DCG作品となった「ラブ・スパーク」を大学の卒業制作として生みだしたキム・ミョンジュ監督もゲストトークで緻密な制作過程を公開。3人の話から、それぞれの制作への思いや、韓国インディーズ・アニメーションの可能性を探った。

フェルーザに寄り添ったキム・イェヨン、キム・ヨングン監督

 2019年の「花開くコリア・アニメーション2019+アジア」で特別上映された「フェルーザの夢とともに」は、キム・イェヨン(1985年生まれ)、キム・ヨングン(1983年生まれ)両監督が2013年夏から1年半に及ぶ新婚旅行で訪れたエチオピアの村で、当時16歳だった少女フェルーザと出会った時の実写ドキュメンタリー映像とアニメーションを融合させた作品。映像そのもののユニークさもさることながら、少女と両監督がクリエーションを通じて現実の人生を変えていくという創造性の力をまざまざと見せてくれる稀有な作品だ。
 キム・イェヨン、キム・ヨングン両監督は2010年、花開くコリア・アニメーション名古屋会場の第1回目ゲストとして来日している。“花コリ”では「お散歩いこ」(2009年)、「City」(2010年)、「XYZ note」(2011年)が上映されている。「フェルーザの夢とともに」は今後、「世界のアニメーションシアター WAT2019女性監督ドキュメンタリー・アニメーション上映」で、国内各地で公開される。京都・出町座では8月31日から2週間上映される。

 両監督は、弘益大学でアニメーションを学んだ頃から共同制作者。アニメーションをキム・イェヨン、サウンドやコンピューターによる編集等をキム・ヨングン監督が担当し、自主制作の「Studio YOG」を運営する。2013年夏、付き合い始めて7年になっていた2人は、1年半にも及ぶ新婚旅行に出発。北米、南米、欧州、アフリカ、東南アジアなど右回りに世界を巡る中で、エチオピアを訪れた。「失うものは何もなかった」(キム・イェヨン監督)。部屋に閉じこもって集中するアニメーション制作でストレスが増し、「才能がない」とまで自信を失う中、制作から離れて、もっと世界を知ることができればと考えた。当初は、現状を打破し、あくまで現実の状況を変えるのがハネムーンの目的で、制作の題材探しの旅ではなかった。
 大学の卒業制作である「お散歩いこ」(2009年)以降、「City」(2010年)、「XYZ note」(2011年)と、3年連続で映画祭で評判を呼ぶ作品を制作したが、その後、生活と制作の両立でストレスが増え、商業的な制作に携わることはあっても、作品性を追究できる環境からは離れていかざるをえなかった。3作品のうち、視覚障害者がモチーフになっている「お散歩いこ」の制作においては、日本のアーティスト高木正勝の音楽とアニメーション映像が一体化した作品がインスピレーションを与えている。また、ソウル国際マンガアニメーションフェスティバル(SICAF)から補助金を受けて制作された「City」は、大都市ソウルの隠された姿をソウル市民の人間としての営みを丸裸にするように描くことで息づく都市の動きを表現。アート性の強い作品として高い評価を受けた。2人は、特定のスタイルの確立を目指すより、この時期、様々な実験的な映像に向けた挑戦を続けていた。
 1年半の新婚旅行では、制作としてではなく、観光記録用として、動画や写真を撮り続けていた。エチオピアの村で、韓国語を独自にマスターし韓国へ行く夢を抱きながら、早婚という古い抑圧的な風習に縛られ、見ず知らずの男に嫁がされる運命にあった少女フェルーザと出会ったことが、フェルーザと2人の人生を大きく変えていく。
 火山を訪ねようとエチオピアの砂漠を移動する途中、立ち寄った村にあったフェルーザの家は、両親がゲストハウス(民宿)を経営。2人が訪ねると、韓国人もほとんど来ないような場所なのに、フェルーザが「アンニョンハセヨ」と韓国語で話しかけてきた。両親が英語などの外国語を話せないため、フェルーザが外国人ツーリストの相手役。欧米などからの観光客の相手をする中で英語を身につけ、英語字幕のついた韓国のドラマや音楽番組、バラエティー番組を見るうちに韓国語もできるようになったようだ。
 お父さんはドライバー、お母さんは赤ちゃんの子守りもあって、フェルーザがゲストハウスの労働を支えていた。忙しい中でも、フェルーザは笑顔を忘れず、とても親切にしてくれた。「すごくいい印象の子だったし、韓国語を話したのでびっくりした」と、キム・ヨングン監督。フェルーザと友達のように仲良くなった2人は、全く知らない人と結婚しなければならないフェルーザにもっと深く関わりたいと感じた。「彼女の人生を支援したいというよりも、もっと彼女と一緒にいたい」という思いの方が強かった。
 2人は、フェルーザが就職など外の世界へ羽ばたくため、惜しまぬサポートを始める。偶然が重なり、フェルーザと2人の人生が変わり始めていた。このプロセスの作品化を思いついたのは、2人がフェルーザと別れ、帰国するとき。キム・イェヨン監督は「映画作品を見てもらったとおり、フェルーザが就職できず未来がまだ分からない段階で帰国することになったので、作品化すれば、フェルーザを韓国に呼べるかもしれないと思った」と振り返る。帰国後、フェルーザとやり取りする中で、フェルーザに「あなたのことを作品にする」と告げると、「(自分のことに)そんな価値があるの」と驚きながらも喜んだ。
 キム・イェヨン監督が制作時に意識したのは、「かわいそうなフェルーザ」の物語にはしないこと。ビデオカメラで観光記録用に撮影していた画像がシャープでなかったため、最初はフルアニメーションで制作するつもりだった。結局、作品の尺が最初の想定より長くなった上、フェルーザの魅力、愛嬌を伝えるには、実写映像が必要なのではと判断。ポップなアニメーションにビデオカメラの実写映像を組み合わせることにした。キム・ヨングン監督は、「手ぶれがひどく、画質も悪いが、アニメーションと合わせてみると、逆にリアリティーがあっていいと思った」と話す。ドキュメンタリーのビデオ日記のような映像のテイストが、展開の見えない現実の物語の臨場感とマッチしているのだ。
 完成作品を見たフェルーザさんは、未知の外国・韓国から来た2人のアーティストが、自分のささやかな人生で物語を紡いでくれたことに感激し、涙を流した。2人の思いや作品に感動したこともあったが、それ以上にフェルーザさんの心に、自己を肯定する生の尊厳がはっきりと生起した瞬間でもあった。「自分の人生を振り返る、自分ってどんな人間なのかと、考えるきっかけにもなったようでした」と、キム・イェヨン監督。その時、フェルーザさんは「一生懸命働いて、いつか韓国に行くよ」と言ってくれたそうだ。
 映画の中では、キム・イェヨン監督とキム・ヨングン監督がフェルーザさんのエチオピア国内の韓国系企業への就職をサポートするが、物語は最終的にそれが叶わないところで終わる。「フェルーザの夢とともに」は、映画の制作プロセスがフェルーザさんと2人の人生を変える作品だが、もっと先へと現実が映画を追い越して行くのは、その後だ。
 2人の世界ハネムーンの後、フェルーザさんは、新しいお父さんが結婚はせずに(フェルーザの暮らす地域では早婚の慣習があった)学校へ行くように言ってくれたおかげで、高校に進学できた。エチオピアの高校では、現地語の教科書がないため、英語の教材を使うといい、フェルーザさんがゲストハウスの仕事で英語を吸収したことが結果として奏功した。2人が作品を韓国の映画祭に出品したところ、好評を得て、フェルーザさんは2017年、2018年の2回にわたって、韓国に招待された。ただ、フェルーザさんは、家にとって大事な働き手、稼ぎ手。1年間、市場の小さなブースで物を売っては食べて寝てという生活を続けなければならない事情もあった。
 韓国の映画祭への招待が決まった時も、最初は「家族のために仕事をしなければならないので行けない」との返事だった。アディスアベバのNGOスタッフでエチオピア映画の俳優でもあったオーストラリア人のドゥエイン・ピーチィさんによるフェルーザさんの母親への説得が功を奏し、なんとか韓国行きが決定。フェルーザさんは、このオーストラリア人と一緒に韓国に来た。2017年の韓国での映画祭招待の後、エチオピアで奨学金を活用し、サマラ大学に進学。英文学を学んだ。2018年の映画祭では今度は、フェルーザさんは自分の意思で韓国へ向かった。フェルーザさんは今、大学3年生で、今年卒業する予定だ。
 2回の韓国旅行では、韓国にいることだけで感激して時間を過ごしていた。2人が初めて出会ったとき、韓国を夢見る16歳の愛らしい少女だったフェルーザさんは、自分の人生をどう切り開いていくか、どう人生を歩むかを自立して考える21歳の女性に成長していた。韓国では、観光地に行くより、2人との時間を大切にした。2018年の2回めの韓国旅行では、新しく生まれ変わろうとの気持ちが強く、決意の現れとして、みんなでバンジージャンプにも挑んだ。
 この時、KBS(韓国放送公社)にテレビ出演。それを見たLGなどの企業や釜山の東明大学から支援の声がかかった。自立心や責任感から、LGからの奨学金を自分の意思で断ろうとしていたが、キム・イェヨン監督が説得。今はエチオピアのLG現地法人の財団からの奨学金を受けながらエチオピアの大学で学んでいる。市場の閉じた狭いブースで働いていたとき、空を自由に飛べる鳥になりたいと願っていたフェルーザさん。今は、優秀な学生の選抜制度を使って、米国留学をも目指し、世界一周も夢見ている。

 キム・イェヨン監督は「計画性はなく、直感で進んでいったプロセスの中で出来上がった物語でした」と振り返る。一方、キム・ヨングン監督も「今までは、作品を作らなきゃって追われていたけど、今回は、楽しい思い出、大切な友達とともに、自然と作品を作りたいと思えて、完成したら幸せな気持ちになれた」と続けた。「フェルーザの人生を変えたね」と言われるけど、作品を作りたかったのは自分たち。2人は、「フェルーザも変わったけど、私たちも変わった。この作品を作ったとき、最初は、本当にフェルーザが韓国に来られるとは思わなかったのに、本当にフェルーザが来てくれたことで、それが私たちへのプレゼントになった」
 「この作品を作っている時、これが最後の作品になるな、と思ったのに、今では、もっとアニメーションを作りたくなった」。作品は、フェルーザさんの人生を変えたが、キム・イェヨン監督にそう思わせるほど、両監督にも力を与えた。自分たちの未熟さも見えてきたという2人。キム・イェヨン監督は「これからも、いい作品を作っていきたいな。人から愛される作品を作ることはできないと思っていたけど、不可能はないということをフェルーザが教えてくれた。自分で限界をつくるのでなく、自分を超えていきたい。自分もみんなも楽しめる作品を目指す」と、思いを強くしている。エチオピアのフェルーザさんと、韓国のキム・イェヨン、キム・ヨングン監督。今はお互いの夢を応援しあえる関係になっている。

「ラブ・スパーク」キム・ミョンジュ監督

 一方、もう一人のゲスト、キム・ミョンジュ監督は、3年制の青江文化産業大学でアニメーションを専攻。同大は、1年生の2学期から短編を作るなど、実務教育を中心としたカリキュラムで知られる。在学中、チェ・ユジンさんと「XXXY」(2016年)、「ラブ・スパーク」(2018年、卒業制作)を制作。現在は、BRICK STUDIOに所属し「Johnny Express」のウ・ギョンミン監督が手がけるTVシリーズ「マカ&ロニ」で背景を担当している。
 「ラブ・スパーク」は電気部品のプラグとコンセントを擬人化して描いた恋愛物語。キム・ミョンジュ監督は、共同監督のチェ・ユジンさんら2人と、4人のアニメーターの計7人で制作した。プラグをコンセントに差し込むと、ライトが点いて恋が成就するという発想。部品は、それぞれに故障や欠損部分も持ち、誰も完璧でなく、障がいや欠点、心の傷を抱えても認め合えるというメッセージを内包させる。併せて、プラグとコンセントの結合は男女の営み、その時の明かりの点灯は、より広い意味での愛のメタファーになっている。ノンバーバルで、世界のどこの国の人でも楽しめ、解釈に幅があるのも面白い。

 ゲストトークで、「ラブ・スパーク」のメイキングについて語ったキム・ミョンジュ監督。まずは、制作拠点となった青江文化産業大のCCRC(Cheong-gang Creative Center青江創造センター)について、卒業制作を準備する全学生用の作業空間と、1人1台のコンピューター、3Dアニメーション用のレンダーファーム、会議室、休憩室などの設備が用意され、技術的アドバイスを受けられる教員が常勤するなど幅広い支援が受けられることを紹介した。2年生の2学期が終わる11月に開かれる次年度卒業制作の企画発表会では、2年生全員を前に企画者は案を発表。他の人はどこかのチームに入る。キム・ミョンジュ監督はチェ・ユジンさんの企画に賛同し、そのチームに参加した。
 キム・ミョンジュ監督は、ストーリーボード(絵コンテ)、3D画面上でキャラクターを動かすためのモデリング作業、リギングと言われるキャラクターの手足を動かすためのセッティング作業、動きをつけるアニメーティング、ライティング、コンポジット(合成)、サウンドなど、一連のメーキング過程を詳細な資料画像とともに丁寧に解説した。

韓国アニメーションのキム・ミョンジュ監督

 完成した作品は、子どもが見ても楽しめる一方、大人が見ると、破損しているプラグや、大きさの違いなどが、人間の障がいや欠点、コンプレックスを想起させ、プラグとコンセントの一体化は性的な結合をイメージさせるなど、想像力を大きく羽ばたかせる。トークでは、膨大、緻密な制作とそれを裏付ける技術、創造性が結合したプロセスが多くの聴衆を引きつけていた。

韓国アニメーションのキム・イェヨン、キム・ヨングン監督
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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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