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小川健一展/川見俊展

ケンジタキギャラリー(名古屋) 2019年11月6日〜12月4日

 小川さんは1969年生まれで、愛知県在住。愛知県立芸大大学院を修了している。

 この画廊の個展で長く見てきた作家でもある。ここ何年間は、シリコンで覆ったキャンバスを引っ掻くようにシンプルな線で描いた「シリコン・ペインティング」と、焼き物によるオブジェを制作している。

 繊細で柔らかな布地と丸みを帯びた自作キャンバスを使った「無題」(パンツ)シリーズなど、過去の代表的なシリーズから、一貫して、支持体と描かれるモチーフ、触感の関係を追求している。

 加えて、パンツにしろ、カレー粉で人間の鼻をかたどった「カレー鼻」シリーズにしろ、今回の個展の焼き物の表面に顔を付けた作品や、シリコン・ペインティングの単純化された人物のイメージにせよ、ユーモアとほほえましさがある。

小川健一

 シリコン・ペインティングは、キャンバスに絵の具を塗った後、シリコンを厚く塗って、筆で引っ掻くようにして一気に線を引いている。

 子供が積もった雪に描くように、あるいは、曇りガラスに線を引くように、イメージが一気に生成され、とても素朴である。

 子供が寝ている姿、子供を寝かそうとするお母さん、添い寝、あるいは温泉に入っている親子など(必ずしも、そうでないかもしれないが、そう言ってみる)、生まれたイメージも、癒やされるものばかり。ほのぼのとしてユーモラスである。

小川健一

 地の上に描くのでなく、シリコンを地とすると、それを筆で掻き取るようにして取り除いた部分が図になるのもユニーク。

 ストライプなのか、シリコンの下層に絵の具がどのように塗られているかは不明であるが、掻き取られたシリコンの薄い皮膜の半透明な層を通して、下層の絵の具が見えているのが美しい。

 シリコンの起伏、滑りのある質感、その中で、キャンバスのエッジや筆跡の縁ではシリコンがささくれ立ち、触覚を刺激される。

 シリコンの質感とシンプルな線によって画面全体が生々しく動感をはらみ、息づいている。

 このぬるっとした触感、ささくれ感の肌触りと、そこに遠慮がちに現れているシンプルで優しいイメージが魅力だ。

小川健一
小川健一

 質感が面白いのは、焼き物の作品も同様である。

 ほとんどの作品は掌に収まるほどの小さなオブジェで、丸みを帯びて優しい印象を与える。

 釉薬によって、つるっとさせたガラス質の質感が特徴。一部は、枕や椅子など日用品や家具の形になっている。

 それぞれに目などが描きこまれているが、これもまたシリコン・ペインティングのようにシンプルなものにとどめている。

 この焼き物も、シリコン・ペインティングも、描かれた目や口、輪郭は最低限で、キャラクター化するのを巧妙に回避している。そのため、同じようなものを制作しながら、決して、同一のものがなく、説明し難い奇妙なものになっている。

 こうした存在感、緩い感覚、脱力系な雰囲気、ある意味で女性作家かと思わせるアンチマッチョな作風は、触感、それと一体化した支持体、それらに付着した子供的なイメージから来るものなのだろう。

川見俊

 一方、川見さんは1981年、静岡県生まれ。

 名古屋造形大を経て、以前は愛知県を制作拠点に、「地方の家」シリーズの絵画などを制作。現在は、浜松市天竜区に移り、周辺の山村の様子やそうした環境が変化していく状況をユニークな手法で表現している。

 九十九折りに尾根に向かう山道と対比的に山中を縦断する天龍スーパー林道を支持体の板材をのこぎりで切った線で表現するなど、意表を突いた手法が面白い。

 画材はペンキとアクリルが主体。イラストのように平面的に描く一方で、のこぎりで切れ目を入れたり、木の切れ端を貼り付けたり、描いたキャンバスを木枠から外したりと、描くこと以外の方法論を加えてミックスさせている。

川見俊

 川見さんの作品を見ると、制作に関わるあらゆる方法を並列的に自然体でつなげている気がする。

 イラストのような描き方も、端材を組み合わせるなどチープな感覚を出しているのも、モチーフの選び方も、自分のそのときの内面にあるものや、置かれた環境から素直に紡ぎ出している趣だ。

 大学でデザインを学んだ影響もあるだろう。ペインタリーであること、描くことをいい意味で特別視していない気がする。

 描くことと写すこと、組み立てること、くっ付けること、分解することなど、全てを等価に作品を制作しているのが伝わる。

 むしろ、空間的なデザイン感覚、形やイメージの現れ方や連想などによって作品が生まれている。

 だから、木枠を意識させたり、画布を外したりするのも、フォーマリズム的な意識よりも、気軽に絵画と立体を行き来している自在性から来ていると思う。

川見俊

 以前の「地方の家」の連作と比べると、今回は筆触や絵の具の濃淡が強調され、山や川、山道、獣などが描かれているせいもあるが、曲線が多い。

 また、神社や地蔵、祭りの面、五平餅など、民俗的、土着的な風物、名物、ダムなども加えられ、それらが円形の中に描かれてマッピングされているからか、地図のような、あるいは図式的な雰囲気もある。

 木片を積み上げたような立体や、絵画に、描いた端材をくっつけた作品など、絵画と立体、デザイン、イラストを複合させながら、それぞれを行き来している自由な表現である。

 もっと言うと、極めてアナログ的な手触り感のある作品ながら、同じイメージがそこかしこに現れるなど、画像をコピー&ペーストしたようなデジタル感もある、なんとも奇妙な作品群になっている。

川見俊


 

小川健一
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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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