記事内に商品プロモーションを含む場合があります

「水平性|水平線」キム・ミョンボム/ジルヴィナス・ケンピナス/村尾里奈 SA・KURA(名古屋)で6月4-19日

愛知県立芸術大学サテライトギャラリー SA・KURA(名古屋) 2022年6月4~19日

リモート・アーティストインレジデンス(AIR)・プロジェクト

 この3人展は、愛知県立芸術大学が展開してきた「アーティスト・イン・レジデンス」事業の一環。

 コロナ禍で海外からのアーティスト招聘が困難な中、2022年4月から、愛知県立芸大の学生が海外のアーティストからの遠隔指示によって愛知で制作・展示をする「リモート・アーティストインレジデンス(AIR)・プロジェクト」をスタートさせた。

 今回の招聘アーティストは、ソウル市在住のキム・ミョンボムさん。韓国、北朝鮮の国境である非武装地帯(DMZ)で活動している。

 キムさんの作品コンセプト、指示に従い、水平器や砂時計を使った作品5点を彫刻専攻の学生10人のチームで制作・展示した。

 併せて、企画者である愛知県立芸大の彫刻専攻准教授、村尾里奈さんの作品も展示。リトアニア出身で米ニューヨーク市在住のジルヴィナス・ケンピナスさんの作品も映像で紹介している。

 3人は、米国で彫刻を学んだという点で共通している。美しく、テーマが響き合う3人展に仕上がっている。

キム・ミョンボム

キム・ミョンボム

 キム・ミョンボムさんは1976年、韓国ソウル市生まれ。2002年、ソウル市立大学環境芸術学科卒業、2008年、米国アート・インスティテュート・オブ・シカゴ修了。

 キムさんの作品は、黄色いステンレス製の立体の中に小さな水平器が仕組まれている。 1作品に、水平器は1個、または数個である。

 シンプルであるが、立体の形との関係で水平であることや傾いていることはもとより、海や大地と空の境界である水平線、地平線と、人間の身体性、精神性との関係から、さまざまなものが想起される。

 水平線や地球との関係、新生児で体重の80%、成人で60%といわれる水量を含んだ身体性、さらには、重力、視界や感覚、認識、存在にも関わる。

キム・ミョンボム

 《Horizontal Stone(水平の石)》は、石の上で長さ2メートルほどのステンレス棒が水平に均衡を保っている。棒に取り付けられた3つの水平器は、いずれも水平であることを示している。

 タイトルが「水平の棒」ではなく、「水平の石」であることが意味深である。つまり、ステンレス棒でなく、支点である石が水平だというのである。

 解釈はさまざまである。キムさんの作品は、いずれも深い瞑想のような思考へと誘う。韓国と北朝鮮の国境の、一時的なあやうい均衡をも想起させる。

 真に平衡なのは、大地であるということだろうか。  

 一方、《Horizontal Circle(水平の円)》は、黄色い円の中心に1つだけ水平器があり、水平を指し示している。

キム・ミョンボム

 円は黄色一色で、回転させたところで、見たところ同じ円のままである。同じではあるが、水平器の水は傾き、水平ではなくなるのだ。

 同じように見えても内実は違うのである。外側を装うこと、変わっていないように見せることはいくらでもできる。しかし、均衡は既に失われている。 

 《Horizontal Pentagon(水平の五角形)》は、矩形の角を切断したような五角形が傾いて、壁に掛けてある。上辺にある水平器は水平であるが、内側にあるもう1つの水平器は傾いている。

 ある視点から均衡が保たれていても、別の視点から見ると均衡であるとは限らない。そんな世界観を感じる。 

 《Absolute Verticality absolute(絶対的垂直性、絶対的水平性)》は、十字架の作品である。

 絶対的な垂直線、絶対的な水平線がクロスする崇高性の彼方に神が現れる。

キム・ミョンボム

村尾里奈

 村尾里奈さんは1975年、名古屋市生まれ。愛知県立旭丘高校美術科卒業。愛知県長久手市在住。

 米国ニューヨーク州アルフレッド大学で学んだ後、2002年、東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了、2006年、同博士課程修了。

 2013年に愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻専任講師に就任し、2017年から准教授を務めている。

 東京、名古屋、韓国などで個展、グループ展を開いている。

 作品《See to the Sea》は、白く塗られた鋼鉄の彫刻である。シンプルなようで複雑で、複雑なようでシンプルな形態をしている。村尾さんは実に緻密にこの形を作っている。

村尾里奈

 上から見ると、ひれが付いた「コ」の字2つを逆向きにくっつけたような形である。点対象になっていて、均整がとれている。側面は、外が内に反転し、内が外に反転する形でもある。

 人間にとって見える範囲の縁ともいえる地球の水平線は、近づこうとしても追いつくことができない彼方にあって、同時に人間が逃れられないものである。地球上にいる人間にとって、均衡をとってくれる《相手》のような存在である。  

 この作品は、抽象的、ニュートラルで、色が白いこともあって、いっそう、懐が深い融通無碍な印象を受ける。

 つまり、鑑賞者が移動しながら、この作品を見ると、それに合わせて、バランスをとりながら、鑑賞者の相手をし、私たちを受け止めてくれる。それは、あたかも、水平線、地平線が常にどっしり構え、どれほど近づいても遠ざかるような壮大さによって、人間の存在の諸相を引き出してくれるのと似ている。

 その意味で、この形態そのものが人間と水平線の関係のメタファーだともいえる。 

 引きのある広い空間で、この作品を見ると、見え方もまた違うだろう。形態を支えるフレームが組まれていて、どこか什器のようなものを印象付けるが、このフレームが逆説的に作品の広がりを感じさせている。

村尾里奈

 村尾さんの彫刻は、こうした什器のようなシンプルな形態によって、人間と現実空間、あるいは存在論的空間との関係を読み解いているように思える。

 その上で触れたいのが、村尾さんが2021年から制作している「バルコニー」という彫刻の連作である。バルコニーは、人間を秩序づける《家》(精神のメタファーでもある)から外界へとせり出した空間である。

 村尾さんにとって、空間は、ドイツの哲学者、オットー・フリードリッヒ・ボルノウが言うように、人間に手足のように属している。

 バルコニーは、人間が世界と一対一で向き合うための固有の感性の空間で、いわば境界領域。私たちの存在性と、私たちが向き合う世界とが交流し、エネルギーを交感しあう空間である。

 私たち人間は、自己を絶えず環境(外界)と交流させながら、瞬間、瞬間に、自分という存在を組織化し、秩序ある構造として統合させているのである。 

 今回展示された「バルコニー」シリーズの《Balcony “u”》は、黒く塗られた鋼鉄製の小品である。

村尾里奈

 村尾さんは、自身が最も敬愛する建築家ルイ(ルイス)・カーンの「ルーム」の思想の影響を受けていて、建築の元初である人間がもっているパーソナルスペース、精神的な空間から、独自のバルコニー論を展開させている。

 そこに、人間がもっている空間性、人間と外界との関係、その相互作用をどうやって彫刻作品にするかという村尾さんの一貫した問題意識も見て取れる。

 それは、人間の外界に対する心理的な距離、空間意識であり、水平線をテーマに彫刻化した《See to the Sea》も、人間がもつ空間性と水平線の心理的な距離感と関係がテーマになっているのだ。

 村尾さんの彫刻作品は、シンプルでありながら豊かであり、世界のランドスケープとそれに向き合う自分自身の精神の空間性に関わるものである。

ジルヴィナス・ケンピナス

 ジルヴィナス・ケンピナスさんは1969年、リトアニア共和国プルンゲ市生まれ。米ニューヨーク市在住。1993年、リトアニア共和国ヴィリニュス芸術アカデミー卒業。2002年、米国ニューヨーク市立大学ハンターカレッジ修了。

 風や太陽の光などの環境を作品に取り込み、作品に向き合った人間に「今、ここ」という空間の臨場感を通じて、人間と世界の豊かさを感じさせる作品を発表している。

 「ヴェネツィア・ビエンナーレ」(2009年)でリトアニア館代表として展示しているほか、日本では「横浜トリエンナーレ」(2011年)、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(2012年)、豊田市美術館の「反重力」展(2013年)に出品している。

 ケンピナスさんの作品は、2016年にオーストラリアで開催された野外彫刻展で展示した《KAKASHI》の映像である。

ジルヴィナス・ケンピナス

 映像の中の《KAKASHI》は、2012年の越後妻有で初めて制作した作品のバリエーション。作品は、海岸の砂浜に設置され、多くの鑑賞者が楽しんでいる。

 本物の水平線が映っていることもあって、キムさん、村尾さんの作品と響き合う。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

最新情報をチェックしよう!
>文化とメディア—書くこと、伝えることについて

文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

CTR IMG