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林幸秀展

ガレリア・フィナルテ(名古屋) 2019年8月20〜31日

林は、自然、とりわけ木などの植物素材を使い、その造形物に自分のさまざまなライフステージの思いを仮託してきた作家である。少し前までは、木で枠組みを組んで、穴窯で焼成した焼き物で壁を作るなどして、小屋のような小空間の構築物を画廊内に展示していた。自然を意識させるものではあったが、同時に、それらは居場所という、中に人が入れる柔らかな空間を形作っていた。愛知県春日井市で小学校の教員を務めてきた林が、学校が荒れる中で子供達が心落ち着ける居場所としてイメージしたものであると聞くと、それらは、なるほどと思わせる優しさに満ちた空間だったと思い出される。実直な性格だけに、現代美術の作家と教員という両極端の自分が葛藤し、なんとか両面の折り合いをつけることが、自分自身を成り立たせる上で要諦になっていたのだとも分かるのである。
 教諭から教頭、校長へと昇進し、児童との適度な距離が生まれる中で、子供の成長を樹々の生育に重ねるような変化を自分の中に見出し、2年ほど前から作品に変化が訪れる。囲われたシェルターのような居場所は消え、樹々などの植物や、記憶の中の自然がより直截に現れてくる。木や土などの自然素材を使った空間が、対象として林が向き合う立体作品へと変貌を遂げるのである。

 いずれにしても、林の制作の根っこにあるのは、自然への慈しみとそれと人間との関わり、そして私的な記憶である。画廊の入り口に、松葉で編んだ繊細な立体がある。松葉のか細い線の精妙なバランスと優しさが柔らかな空間性とともに慰撫してくれるような包摂性を孕む作品である。一方、舟のような形態の皿に真砂土が盛られ、松の枝を挿した作品は、プランターそのもののようにも見え、少しばかりキッチュな風景を形作っている。この一見、庭にあってもおかしくない作品群は何を意味するのか。かと思えば、鍬やスコップの柄の部分から生木が生えている作品、枯れた盆栽のような作品もある。言えるのは、素材が本物の植物や土などの自然物であり、それと人間との生活上の関わり、記憶が作用した作品であることである。

 今回の作品は、これまで以上に私的な要素が強い。林によると、2018年7月6日夜、西日本豪雨で、生まれ育った広島県坂町の緊急事態がニュースに流れた。実家には母親、近くには妹や弟がいる。翌7日のニュースでは、町の中心部が土砂にのみこまれている映像が放映された。幸い、身内は無事だったが、林は大きなショックを受ける。8月に帰省した時も、復旧にはほど遠い状況だった。通い慣れた道は崩れ、小学校の校庭には運び込まれた土砂が、公園には災害ごみが高く積み上がっていた。無残な生まれ故郷の姿である。

 広島県は平地が少なく、山の斜面に家々が連なっている。真砂土と呼ばれる、花崗岩が風化してできた砂状の土地は、いったん大量の水を含むと、土砂崩れや土石流を起こしやすい。林が小学生の頃にも、実家近くの崖が崩れ、土砂が家の近くまで迫ったことがあった。
 豪雨災害をきっかけに、近くの山に登った林の記憶が蘇ってくる。花崗岩の大きな岩が各所にあり、瀬戸内海の島々が見渡せた。山道沿いに積もった松葉、川でのハヤ釣り、叩き潰して鶏に与えた牡蠣殻など、自身の中に沈潜した少年時代の記憶の断片、海や川、山の風景が立ち現れた。
 林の周辺に起きたもう一つの大きな変化は、長年、慕ってきた高齢の義父が倒れ、施設に入ったことである。手入れが行き届かなくなると、山も家も荒れて朽ちていく。聞けば、展示を構成する枯れた盆栽や鍬、スコップなどは、この義父の愛用していたものである。
 そして、林は、真砂土、砕いた牡蠣殻、松葉など、自身の少年時代の記憶にある素材や義父の生活上の物を集め、故郷や、自分が慕った人、記憶を手繰り寄せて作品を作り始める。作品はそれぞれに別々であるものの、全体を林の記憶のインスタレーションと見ることもできそうである。
 人間の一生は儚く、あっという間に過ぎていく。生を授かり、人に愛され支えられながら生き、成長する。忙しく生活をし、苦労を重ね、やがて老い、幼い頃が遠い遠景になって記憶から離れていく。林の中に、さまざまなものが去来する。作品がもつ物語性は林の人生に起きたことであっても、多くの人が共有できる素朴なものだ。植物などの自然物と思い出の品、記憶、愛情によって紡がれた優しい作品である。

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