名古屋のカルチャーWEBマガジン「アウターモーストナゴヤ」では、レビュー、リポート、トピックスなどを掲載します

あいちトリエンナーレ リポート 名古屋市美術館①

藤井光、モニカ・メイヤー、青木美紅、桝本佳子

藤井は、歴史的事象を再演する手法で、社会の不可視の領域を構造的に批評する。今回は、戦時下の日本のアジア侵略と現代のアジアの経済的主従関係をリンクさせたマルチ・スクリーンの映像インスタレーションを出品。映像の一つは、1940年代の日本統治下の台湾で製作された国策プロパガンダ映画「国民道場」を投影する。台湾の人たちが「皇民」=日本人になるための一連の訓練や宗教儀礼によって感化される様子をモチーフにした映像は、日本の軍国主義、植民地政策そのものを表象。そこでは個人の感情を一切排除している。もう一つの映像は、これを現代的に再演するのだが、演じるのが、愛知県内で日本語を学び働く若いベトナム人であることから、鋭い批評性が生まれている。
モノクロのプロパガンダ映画は集団性が強調され、個人性を確認するのは困難である。一方、ベトナム人を映した現代の映像は、クローズアップを多用し、個々の「俳優」の主観性、感情がにじみ出る。もちろん、大東亜共栄圏のための日本の軍事統治下の台湾であっても、個人の生はあったものの、プロパガンダにそれは不要である。再演映像は、ベトナム人らの集団性によって、モノクロの軍国主義映画とシンクロし、グローバル経済下の労働力として日本に来る人たちが、家族を持った日本人と同じ生活者でありながら、自立した人間としての生き方や個人の尊厳を剥奪されている状況をあぶり出す一方、劇映画のクローズアップ手法によって顔を大写しにすることで、否定されている個人性、日本社会で日本人が見ないようにしているアジアの人たちの現実を突きつけてくる。

藤井は、ある国や地域固有の文化や歴史を綿密なリサーチやフィールドワークを通じて検証。社会課題に応答する作品を映像インスタレーションとして制作している。各分野の専門家との領域横断的かつ芸術的協働をもたらす交点としてのワークショップも企画。歴史的事象を再演する「リエナクトメント」の手法以外にも、参加者による活発な意見交換を促す議論の場を作り出すなど、過去と現代を創造的につなぎ、歴史や社会の不可視の領域を構造的に批評する試みを行っている。

 9月22日のエクステンション企画「レクチャーパフォーマンス・鑑賞ツアー『無常』」では、愛知県内に暮らす外国人を名古屋市美術館に招き入れ、藤井自身によるレクチャーパフォーマンスを含めた展覧会鑑賞ツアーを実施。展覧会は異なる集団と個人が経験を交換する場として再編成され、美術館の内と外の現実が創造的に繋ぎ直される。筆者も参加するので、その時の様子も追加したい。

 メキシコ出身のモニカ・メイヤーは、1978年から世界各地で実践してきた参加型プロジェクト《The Clothesline》の愛知バージョンを展示したが、状況が変わった。本来の展示は、日常生活で感じる偏見やハラスメントなどを訪れた人にピンク色の紙(質問カード)に書いてもらい、物干しロープ(clothesline)などに展示することで、公共空間で声を上げられない人に告白できる環境を提供、社会構造から生じるダブル・スタンダードについて考えさせるプランである。今回は、「表現の不自由展・その後」の中止に抗議し、展示に変更を加えた。詳細は、記事「あいちトリエンナーレ 8組が展示の中止・変更」、モニカ・メイヤーの名古屋大でのレクチャーの詳細は、記事「モニカ・メイヤーさん公開レクチャー あいちトリエンナーレ」で詳しく書いた。

 モニカ・メイヤーの展示の変更前の写真(上)と変更後の写真(下)を見比べてほしい。

モニカ・メイヤーの展示、名古屋市美術館

青木美紅は、2019年、ゲンロン カオスラウンジ新芸術校第4期最終選抜成果展金賞受賞者。自身が18歳の時、母親から配偶者間人工授精で生まれた子供であることを知らされ、両親から切望されたがゆえの人工授精による出生が彼女が幼時から感じてきた「尋常でない母親からの愛」の理由だと認識する。奇しくも世界初のクローン技術で生まれた羊の「ドリー」と同じ1996年に生まれた青木は、「選択された生」「人の手が加えられた生命」についての思考を深め、その偶然と必然、祝福と呪詛を作品化していく。ラメ糸で刺繍した絵画、それをパラパラ漫画のように展開したアニメーション、ゾートロープとして見せながら、全体を実家のリビングルームを再現したインスタレーションにしている。

青木美紅
青木美紅
青木美紅

パラパラ漫画の一つは、母親との確執が題材とみられ、「母は私が悪かったって言って」「母は我に返ったようにじゃあ行くのやめようって言って泣いた」などと、セリフがある。自分が嫌だった生理を母親が大いに喜び、祖母は作家に「早く子供を産んでほしい」と言ったといい、作家は、自分が長い不妊治療の末に生まれた待望の子であったがゆえに、自分も子供を産むことを切望される存在だと感じている。作品には、自分が子供を産めない体だったら、やはり自分に治療を望むのかなどというオブセッションも滲み出る。
作家は、テーマに沿ってリサーチする中、脳性麻痺によって電動車椅子で生活している小山内美智子さんのことも知る。小山内さんは若い頃、母親に強制不妊手術を受けさせられそうになったが拒絶、その後、子供を産み、今は孫もいる女性で、後に障害者の自立を支援する「札幌いちご会」を立ち上げる。会は、障害者の出会いの場にもなり、将来、子供ができたときの支援活動も展開。青木は、旧優生保護法なども含め、命と人為、テクノロジー、生の尊厳と国家権力などを調べ、自分と同じようにぎこちなく命をつないでいる人たちの葛藤と希望、それにまつわる欲望と規制を表現する。たどたどしく回るぎこちないアニメーションなど、刺繍による作品は、決してクリアなイメージを結ばず、だが逆にそれがゆえに、このテーマがもつ難しさを見事に表象していた。

 桝本佳子は、茶道に親しむ中で、実用的な役割を持たずに飾られるためだけに作られた器に興味をもち、器本体と装飾するモチーフの主従関係を逆転させた。絵付けされたモチーフが3D的に飛び出すなど、自由な発想が楽しく、さまざまなバリエーションの作品は見ていて飽きない。

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