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日本の陶磁器が世界を席巻! セレブたちに愛された 美の伝統を堪能する 横山美術館(名古屋)

  • 2022年4月22日
  • 2022年8月5日
  • 美術

黒田直美(ライター)

2017年、名古屋の中心地・新栄に開館

 日本には、全国各地に陶磁器の生産地があり、古くは1000年以上も前から現在まで生産が続く地域もあります。

 陶磁器好きの私にとって、全国の窯元めぐりは夢のような旅。遠出が制限されている今、美しい陶磁器に酔いしれることのできる美術館は、旅気分を味わわせてくれる最高の場所です。

 陶磁器をコレクションした美術館やギャラリーは数あれど、2017年に名古屋の中心地・新栄に開館した横山美術館は、明治時代以降に日本で生産され、海を渡った陶磁器を約4000点も蒐集し、所蔵しています。

 日本への里帰りを果た した陶磁器を常設展と企画展で見ることができます。

 かつての日本で生産されたせいか、どこか“異国情緒”も感じられ、時代背景や職人たちの高度な技に引き込まれます。

名古屋絵付の技術を最高峰へ高めたオールドノリタケの偉業

 「オールドノリタケ」という言葉をご存知でしょうか。陶磁器メーカーであるノリタケの前身である森村組や日本製陶が、明治から戦前にかけて、輸出用につくっていた陶磁器製品 の総称です。

 この時代に誕生した光沢のあるエナメル(琺瑯)をイッチン(スポイトのようなもの)や筆で装飾し、盛上に金彩する技法によってつくられた陶磁器は、当時、海外で人気を博しました。

金盛薔薇図大花瓶 明治 24~44(1891~1911)年頃 高さ 50.0cm 幅 28.0cm
大型の花瓶で緑色の地色に色鮮やかな薔薇が描かれ、それに負けないような金点盛、金彩が盛り込まれて いる。金盛は、オールドノリタケの代表的な技法。輸出用陶磁器の装飾には本物の金が使われており、その美しい発色も海外の人々を魅了した理由の一つといえる。

 素地の陶磁器の上に描かれる繊細で上質な上絵付は、王室への献上品のような優美さや きらめきを持ちます。

 まだ転写技術のなかった日本で、手がきによって描かれたこれらの絵付は、海外でも高く評価されました。

 今にも花瓶から抜け出てきそうな白鳥の躍動感や、 一つひとつ手作業で行われた点盛といった装飾は、超絶技巧の名にふさわしい職人技です。

ジュール金盛白鳥図大花瓶 明治 24~44(1891~1911)年ごろ 高さ 52.7cm 幅 29.0cm メープルリーフ印

九谷焼から学んだ上絵付を大量生産へと押し上げた名古屋の職人力

 上絵付は九谷や京都が有名ですが、明治時代になると九谷の技術を名古屋の職人たちが習得し、瀬戸や美濃の白素地を運んで上絵付をする名古屋絵付が誕生します。

 「瀬戸や美濃という大きな産地が近くにあったことが名古屋絵付の発展を支えました。瀬戸や美濃は、大量生産に慣れていたこともあり、製造過程での欠損品の割合も少なかったんです。それで有田や薩摩はとても太刀打ちできないと、高級路線を維持したほどです」と横山美術館学芸員の原久仁子さんは語ってくれました。

 横山美術館からほど近い名古屋市東区には、当時、森村組をはじめ、上絵付の工場が建ち並び、日本各地から優秀な職人が集まってきました。

 明治維新後、国を挙げての殖産興業によって、陶磁器は外貨獲得のため、欧米に輸出されました。

 森村組では、米国に常駐させたデザイナーに好まれる絵柄やデザインを描かせ、日本の職人に指示を送らせるなどして、現地のニーズを投影させました。

 欧米人の嗜好に合わせた様式美に日本の伝統技術を駆使し、日本の陶磁器が花開いた時代といえます。

ビーディング菊図花瓶 明治 22~24(1891~1911)年頃 高さ 28.6cm 幅 20.2cm
ビーディング(点盛)は絵具を点状に盛り上げてから焼成し、さらにその上から金を施している。大きさ や間隔を揃えるのが難しく、焼成の際に剥離しやすいといった難点がある。その形状から米国ではマッス ル型として人気を呼んだ。

欧米の先進技術を取り入れながら日本の精巧な技術力で美術品を生み出していった

 欧米で人気の高かったポートレートの製品は、ドイツから転写紙を輸入してつくられました。

 この時代、海外の人と出会うチャンスはほとんどなく、優秀な職人であってもは西洋の人の顔は描けなかったのです。

 そのため、製造したポートレートと呼ばれる陶磁器は、オール ドノリタケの中でも最高級品とされました。

 地色に使われる瑠璃色は王様の色といわれたコバルト、女性はマロンと呼ばれた赤色で、女王の色として親しまれていました。

 この時代、ヨーロッパで人気のあったマリーアントワネットやレカミエ夫人など実在の人物のポートレートが使用されていました。

ポートレート金盛夫人図飾壺 明治 24~44(1891~1911)年頃 高さ 43.5cm 幅 17.2cm
明治中期にドイツから輸入された転写紙を用いたが、大変高価なものであったため、高級品にのみ使用さ れた。

 時代はくだり、大正時代に入るとアール・ヌーヴォーからアール・デコへと、好まれる美術品も変わっていきます。

 陶磁器も大柄の壺や置物より、小さいキャンディーポットや小物入れ、ティーカップといった装飾を兼ねた生活用品へと需要も移っていきました。デザインや絵柄も時代の流行を追ったものが人気を集めます。

ラスター彩婦人図蓋物 大正 10~昭和 16(1921~41)年頃 高さ 10.4cm 幅 16.6cm

 当時から人気のあったイギリスの陶磁器メーカー、ウエッジウッドの「ジャスパーウェア」 ですが、これに似た陶磁器を日本でもつくっていたそうです。

 学芸員の礒田裕子さんは「イギリスでは装飾部分の粘土を型にはめてつくり、それをボディに貼り付けて焼くのですが、日本の装飾は、盛上技法に使うイッチン(スポイトのようなもの)や筆で描いていました。そのため、ウェッジウッドと比べると、彫りがなだらかで、全体的に優しい作品になっています」と話してくれました。

白盛飾壺 (ウェッジウッド風) 明治 41~大正 14(1908~25)年頃 高さ 29.7cm 幅 14.8 cm

東京や横浜でも製造されていた芸術性の高い日本の陶磁器

 幕末の慶応3(1867)年に幕府と佐賀藩、薩摩藩がそれぞれパリ万博に出展。装飾を純金で盛り上げた薩摩焼の煌びやかさにヨーロッパの人々は圧倒されました。

 明治維新後は、従来の産地ではなかった地域で陶磁器が製造されるようになり、現代ではあまり知られていない東京の隅田焼や横浜の眞葛焼まくずやきといったものにも注目が集まりました。

 瀬戸市出身の井上良齋が江戸に上り、明治8(1875)年に隅田川沿いで始めた隅田焼は、高浮彫と呼ばれた立体的な造形物を貼り付ける技法で装飾され、デコラティブで東洋的な作風が人気を呼びました。

釉彩鷺竹花瓶(一対) 井上良齋 明治時代前期~中期(19 世紀後期) 高さ 25.4cm 幅 15.0cm
パリ万博にも出展し、東京焼の主要人物として活躍した。一双の屏風に描かれたような場面を立体的に表 現。

浮彫人物大花瓶 石黒香々 明治時代前期~中期(19 世紀後期) 高さ 63.0 cm 幅 34.0cm
斬新でモダンな人物像の描き方など、独特の手法とセンスで造られている。石黒香々は海外のコレクター にも高い人気を誇る。

 輸出用陶磁器をつくるために京都から横浜へと移った宮川香山が大成したのが高浮彫です。 京都でつくられた京薩摩をベースにしています。

高浮彫鳩桜花瓶 宮川香山 明治時代前期(19 世紀前後期) 高さ 36.2cm 幅 31.0cm
日本を象徴する桜をあしらい、日本の伝統的絵画を彷彿させる花鳥を立体的に貼り付けた豪華絢爛な製品。

 この時代、多くの陶磁器は、職人たちが切磋琢磨した美術工芸品でした。手作業で絵を描き、さまざまな技法を生み出し、欧米の人々を魅了していった陶磁器。

 その精巧さや美しく繊細な絵柄を見ると、日本人の技術の高さと良いものをつくりたいという向上心、さらには日本人の勤勉性を感じずいはいられません。

 横山美術館を創設した横山博一氏が、ニューヨーク在住の友人の所有していた陶磁器の花瓶に魅せられたことから、里帰り品の蒐集は始まりました。

 かつての日本の産業黎明期を支え、近代国家を作り上げる礎となった陶磁器。その製造に関わった先人たちへの敬意がこの美術館の指針となっているように思いました。

横山美術館

住  所:名古屋市東区葵 1-1-21
開館時間:10時~17時(入館は16時 30分まで)
入 館 料:一般 1,000 円 高校・大学生・シニア65 歳以上 800 円 中学生 600円 小学生以下無料 障がい者手帳をお持ちの方は700円
休 館 日:月曜日(祝・休日の場合開館、翌平日休館)
駐 車 場:近隣にコインパーキング多数

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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