報道によると、現代美術家で愛知県立芸術大学名誉教授の山本富章さんが2026年5月15日、病気のため死去した。76歳。
通夜は平安会館東名斎場(愛知県長久手市熊田)で19日19:00から、葬儀・告別式は20日11:45から。
山本さんは1949年、愛知県生まれ。愛知県立芸術大学大学院油画専攻を修了。1979年から2015年まで同大学で後進の指導にあたった。

筆者が山本さんの作品に触れたのは、構築的なインスタレーションへと展開した1990年前後。赤、ターコイズ、黒、金などの粘度の高い絵具のドット(斑点)が建造物のように組まれた支持体に散りばめられ、祝祭的な華やかさを喚起した。
バブル期の1990年、アキライケダギャラリーが主導し、幕張メッセ(千葉市)で開催した国際的な大展覧会「ファルマコン90」、1996年、名古屋市美術館で開かれた「天と地の間に—今日の日本美術展II」をはじめ、アキライケダギャラリーや、大分市美術館(2003年)、豊田市美術館(2016年)、碧南市藤井達吉現代美術館(2016年)での個展などで作品を見てきた。

1990年代後半には、それまでのアーチ状や柱状などのまとまった構築的な作品から、分離されたフラグメントが空間的に広がるインスタレーションへと移行。
1999年のアキライケダギャラリーでの個展では、ドットに覆われた円柱状の物体が壁から突き出るように展示されたインスタレーションに変わった。
その後、2000年代に入ってしばらくすると、小さな木製ピンチ(洗濯ばさみ) を連続させた作品へと、さらなる変貌を遂げた。

堅固な構造から極小ピンチの作品への変化は、視覚的な強度としては作品展開が断絶したように見えながら、うごめくようなドットの色彩によって、絵画性と構造、空間性(3次元性)というテーマを追究している点では一貫していた。
90年代までの作品の過剰性、官能性、装飾性を伴った華麗なドットの展開が、ある種の静寂、気品、崇高さにもいざなったことを思い返すと、それはピンチの作品にも引き継がれていた。

堅牢な構築物から、ピンチという断片に移行しながらも、地に対する斑点がレイヤーを生み、その連なりが色彩のウエーブのようになって、絵画性と空間のあり方を指し示すということでは変わらない。
令和元年度豊田芸術選奨受賞記念の山本さんの個展が2021年6月、豊田市美術館ギャラリーで開かれた(レビュー参照)。
また、2021年の「ながくてアートフェスティバル」では、イオンホールに山本さんの大規模な作品が展示された。
「ART TODAY 1997」(1997年、セゾン現代美術館)と、「日本現代美術展—青い水面」(1997年、韓国国立現代美術館)に展示された長大な作品を「コ」の字形に再構成したインスタレーションである。
タイトルは「2021NAFイオンホールのためのヴァリエーション(レクイエム)」。いずれも、2003年の山本さんの大分市美術館での個展で、再構成されて展示されている。また、韓国で展示された作品は、プレビューとして、当時、名古屋にあったアキライケダギャラリーでも展示された。
筆者は、いずれも、大分やアキライケダで見ているが、それを組み合わせ、18m×16mの大空間に展開した大インスタレーションは見応え十分であった。


謹んでご冥福をお祈り申し上げます。