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浦川和也「Places of Amnesia」FLOW(名古屋)で2024年​6月1-16日に開催

PHOTO GALLERY FLOW NAGOYA(名古屋) 2024年6月1〜16日

浦川和也

 浦川和也さんは1972年、札幌市出身。1996年、大阪市立大学工学部建築学科卒業。東京を拠点とする写真家で、一級建築士でもある。

 現在は、さまざまな建設プロジェクトにプロジェクトマネージャーやアドバイザーとして関わりながら、写真家として活動している。

 建築家ということもあって、写真作品の多くは都市の変化と向き合ったものである。都市を定点観測する視線は社会学的、歴史的であり、作品は、都市の綿密なリサーチ、フィールドワークと共にある。

 普通なら通り過ぎてしまうような都市の断片をすくい、それを織り上げていくような世界である。

 とりわけ、1980年代のバブル期以降、経済合理性の追求によって加速した東京のスクラップアンドビルドに危機感を抱いて、都市の変化を見つめている。

 浦川さんはそれを都市の記憶喪失と言う。そうした問題意識でイメージの断片を集積させ、都市と人間の見えない変化を浮き彫りにするのだ。

「Places of Amnesia」

 《Amnesia》は、記憶喪失、健忘症を意味する。個展のタイトルはまさに、都市を「記憶喪失の場所」と捉えているわけである。

 浦川さんは7年前から、東京都墨田区の向島で空き地を撮影するプロジェクトを続けてきた。確認された空き地の数は638カ所にも及ぶ。今回はそのうち、80点ほどの写真が展示されている。

 展示は、同趣旨の本のプロジェクトと一体であり、ギャラリーに入って右の壁面には、その本のページをバラして展示している。

 本のページには、向島の空き地の地図など、フィールドワークやリサーチに基づく資料もある。リストには、空き地の所在地、面積、以前の建物などが記されている。

 スクラップアンドビルドの「アンド」に、浦川さんは急速な変貌に直面する都市の片隅の、解体と建設のあいだにある一瞬の間合いを見る。

 物理的な空間であると同時に、時間のわずかな隙間である。解体され、更地を経て、新たな建物に置き換わるまでの過程で、瞬く間にそこにかつてあった建物の記憶と風景が遠ざかる、あわいの静止状態、留保の時間、有と無の揺らぎを示している。

 それは、うつろい続ける都市と人間の営みを想起させる時間ではある。だが、今、向島で進んでいるのは、長い時間をかけて記憶を蓄積してきた下町の記憶を、かつてない勢いで均質化させるような事態なのである。

 古い建物が次々と滅失し、空き地が増えるとともに、向島の風情や歴史が侵食されている現在の変化こそ、浦川さんにとって、場所の記憶喪失なのだ。

 浦川さんがまとめた向島の空き地の面積を合計すると、20ヘクタールにもなる。建物の老朽化と土地の値上がり、相続による放棄や店舗の後継者難などが背景にあるようである。

 空き地の先には何があるのか。例えば、低価格戸建ての分譲を手がけるパワービルダーが、値上がりした土地を細かく分割し、三階建ての狭小住宅を展開し、均質なまちに変えていく。

 名古屋でも今、こうした変化が凄まじい。まちの変貌は、コミュニティーを破壊し、人間の生活スタイル、価値観までも均質化する。

 浦川さんの今回の作品は、全て夜景である。寂しげな空き地が、周囲のマンションや戸建て住宅の明かり、街灯、公共施設の光などによって、おぼろげに照らされている。

 かつて存在した建物が消え、新たな建物に上書きされる前の、かすかな間合い。おそらく、今後、均質なマンションや建売住宅が空き地を埋めていけば、「記憶喪失」さえ自覚されなくなるのではないか。

 闇に浮かぶ空虚な空き地空間は「記憶喪失」のメタファーになっている。今後、待ち受けるのは、何かを忘れていること自体を忘れてしまう事態なのではないか。 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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